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水の月、水の星 ―水から宇宙を考える・第二部―

著者近影内藤誠一郎(国立天文台 天文情報センター)

星が現れるのを待つ、夕暮れの海辺
星が現れるのを待つ、夕暮れの海辺。(三浦半島・森戸海岸。著者撮影)

梅雨明けした沖縄・奄美地方を除く各地では、まだ雨がちの日も続いていますが、今月15日は今年の「海の日」。海辺の行楽地もいよいよにぎわい始める頃でしょうか。

水という物質が宇宙に遍(あまね)く存在していることを取り上げた記事「水の月、水の空 ―水から宇宙を考える―」の続編として、今回は「水のある惑星」に焦点を絞りたいと思います。

水の運び手

星間空間にありふれている水は、太陽系形成の過程で地球にもたらされました。45億年前、成長していく原始地球は、微惑星(星間ダストが集積した、惑星の“種”となる数キロメートルサイズの天体)や周囲に残っていた星間ガスを集めて、その中の水も取り込んでいきました。さらに、その後も数多く地球に降り注いだ小天体が、水の運び手になったと考えられます。水を多く含んでいる太陽系の天体として思い浮かぶのは、太陽系外縁の冷たい領域からやって来る彗星(すいせい)でしょう。水や二酸化炭素などの揮発性ガスの氷をふんだんに含み「汚れた雪玉」と表現されることもある天体です。他方、小惑星は主に岩石が集積した天体ですが、その鉱物には水と反応した形跡があり、化合物(水和物)として若干の水を今もとどめていることが、例えば小惑星リュウグウの試料でも分析されています。余談ですが、小惑星探査機「はやぶさ2」の搭載機器開発に、実は国立天文台も参加 していました。

どのような天体が、どれだけ、地球を潤している水を運んだのでしょうか。太陽系の初期に天体が作られた場所によって、温度や化学的環境に差異があったことから、もたらされる水の性質に相違がある可能性があります。具体的には、水素の同位体(重水素)(注)を含む比率を調べることで、それぞれの天体がもたらす水が、地球の水に似ているかどうかを判別することができます。太陽系の始原的な物質を保存している小惑星や彗星への関心は高まっており、直接探査が近年大きく進展しています。

石垣島天文台の口径105センチ「むりかぶし望遠鏡」で撮影されたアイソン彗星(C/2012 S1)。彗星は水や一酸化炭素などの揮発性の高い物質の氷が主成分で、このアイソン彗星は2013年11月29日に太陽に最接近した際に崩壊・蒸発して消滅してしまった。(クレジット:石垣島天文台(国立天文台))

地球だけが水の星か

宇宙における水の探査が特に重視される理由が、生命誕生のキーファクターとしての水の働きです。溶媒として様々な分子を溶かし、化学反応を促進する働きを有する水は、地球型の生命にとっては不可欠と言える要素だとみなされています。宇宙にありふれているからこそ、地球の生命がそうであるように地球外の生命にも水を利用するものが多いでしょう。 そうなると重要なことは、水(H2O)という物質がただ「ある」だけではなく、「利用可能な状態にある」か、ということです。星間空間に含まれる分子としての水(水蒸気)、あるいは固体微粒子の表面に凝結した水(氷)や、水和物として鉱物中にある水は、そのままでは生命活動に用いられません。

太陽系を見渡すと、水を含んでいる天体は地球だけではありません。近年の探査で、今では赤茶けた砂漠のような環境の火星も、かつては温暖で深い海をたたえていたことが有力視されています。月や水星のように、大気が極めて希薄で岩石が宇宙に露出したような天体の極地にも、岩石中に取り込まれた水の痕跡があるようなのです。しかし、表面に液体の水をまとう姿は太陽系の中で地球が唯一無二です。

火星には、かつて考えられたような運河に沿って繁茂する植物は存在しなかったが、堆積や流水の痕跡を示す地形、土壌の物性分析などから、今も水を含み、太古には海に覆われていたと考えられる(三鷹キャンパスの50センチ公開望遠鏡で撮影)。(クレジット:国立天文台)

一方で、思いがけない場所に、液体の水が豊富にあることも分かっています。木星や土星の衛星のいくつかは分厚い水の氷の地殻を持ち、その下には液体の水を――小さな天体にもかかわらず、あるものは地球の水の総量以上も――たたえた地下海があると考えられます。2023年に打ち上げられた木星氷衛星探査計画・ガニメデ周回衛星JUICE が、木星系に向かっています。国立天文台RISE月惑星探査プロジェクトは、衛星ガニメデの地形や表面の状態を調べる装置を開発し、地下海の存在の確認に挑みます。海外の研究機関も、木星氷衛星の探査ミッションの検討を続けています。

どこかの星の雨を思い

今や、太陽系の外にも数多の惑星系があることが広く知られています。その中には、大気に水蒸気を含むことが判明しているものもあります。恒星からの距離や惑星の質量が適度で、地表面に液体の水を維持できる温暖な環境にあると期待できる、つまり生命の生存に適した条件を一つ満たした「ハビタブル(生命居住可能)惑星」の捜索も進んでいます。こうした研究には、国立天文台 旧岡山天体物理観測所(現ハワイ観測所岡山分室) の188cm反射望遠鏡などが活躍してきました。今は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡や、トランジット惑星捜索専用の宇宙望遠鏡が威力を発揮しています。

宇宙における生命の可能性に、天文学はたとえばこうして「水のある惑星」の探究から迫ります。惑星科学から生命科学まで、幅広い領域が結びつくアストロバイオロジー(宇宙生物学)。国立天文台も所属する自然科学研究機構に研究センターが設立されて、もうすぐ10年になります。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、太陽系外惑星「WASP-96 b」の大気中に水蒸気の特徴をとらえた。惑星が恒星の前を通過した(トランジット)際、惑星の大気を透過した恒星の光には、大気中の水分子による吸収が多く見られた。この巨大惑星は、靄(もや)や雲が立ち込めているようだ。(クレジット: NASA, ESA, CSA, STScI)

宇宙に、水はありふれています。水のある惑星も決して類いまれなものではなく、どこかの星で今同じように雨の季節を迎えているかもしれません。その恵みを受けて繁栄している生命圏があっても不思議なことではないはず――星の見えない夜は、雨垂れの音に耳を傾けながら、雲の上の宇宙を思ってください。

(注)元素の種類(核種)は陽子数で決まっているが、原子核に含まれる中性子数が異なるものがあり、同位体という。化学的な性質は全く同一であるが、質量が違うため運動や電離エネルギー、原子核の安定性などに違いがある。水素の原子核は、通常は陽子1個のみで成り立っているが、中性子が1個付加された重水素(デューテリウム)や2個付加された三重水素(トリチウム)の同位体が存在する。これらの水素同位体を含む比重の重い水分子は、「重水」と呼ばれる。

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