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国立天文台長 新年のご挨拶

写真:国立天文台長

昨年に引き続き、年明け早々から新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るい、国立天文台も感染防止対策と研究活動・望遠鏡運用を並走させる困難な運営を強いられる状況が続いています。医療従事者の皆様ならびにエッセンシャルワーカーの皆様に感謝を申し上げるとともに、感染症の早期の終息を願っています。

昨年始めから、国立天文台執行部の意思決定プロセスやコミュニティとの意思疎通に関して国立天文台執行部への問題提起がなされ、昨年12月に、国立天文台コミュニティ間意思疎通推進委員会より、「我が国の天文学の発展のために - 中間報告書」が発行されました。報告書の指摘事項と改善提案を重く受け止めています。今後発行される最終報告書も見据えて、台内はもちろん関連コミュニティとの円滑な意思疎通に向けて取り組んで行く所存です。

2020年の天文学に目を向けますと、ノーベル物理学賞がブラックホールの理論的・観測的研究に与えられました。2019年に続いて2年連続で天文学分野が授賞対象になったことは、この分野の目覚ましい発展の証といえます。今回の受賞者のうちゲンツェル氏とゲッズ氏は、天の川銀河中心付近にある星の動きを非常に高い解像度で、長期にわたり観測し、そこに見えない超巨大ブラックホールが存在することを証明しました。

彼らがこの成果に至る前には、野辺山45メートル電波望遠鏡による先駆的な研究がありました。中井直正(なかい なおまさ)さん(当時国立天文台)らはNGC 4258銀河の中心で、非常に高速で移動するガスを発見しました。1992年のこの成果に基づき、国立天文台の三好真(みよし まこと)さんらが米国の電波干渉計VLBAを用いて高分解能観測をしたところ、1995年に、高速で移動するガス成分が銀河中心を取り巻く円盤状に分布していることを突き止めました。この結果は、星団などでは説明できない大きな質量が銀河の中心に集中していることを示しており、今回のノーベル賞につながっています。ノーベル財団の背景説明書では、特に三好さんの名前を挙げ、その先駆的業績をたたえています。

銀河中心の超巨大ブラックホールの研究は、2019年に発表された楕円銀河M87中心のブラックホール・シャドウ画像にもつながります。この快挙を成し遂げた、地球上の8つの電波望遠鏡を結合させたイベント・ホライズン・テレスコープには、水沢VLBI観測所の研究者を中心とした日本チームが、画像合成手法の研究をはじめとする大きな貢献をしました。また、国立天文台が国際協力で運用するアルマ望遠鏡が観測に参加したことも、この成果には欠かせませんでした。こうしてみると、国立天文台は世界のブラックホール研究の最先端を走ってきたと言っても過言ではありません。

昨年の天文学でもう一つ大きな話題は、12月6日に「はやぶさ2」のカプセルが地球帰還を果たしたことです。RISE月惑星探査プロジェクトは、小惑星「リュウグウ」のサンプル採取に欠かせないレーザー高度計の開発と運用、データ解析で中心的な役割を担っており、この記念すべきミッションに大きく貢献しました。惑星探査における国立天文台と宇宙科学研究所の協力が、火星衛星探査計画MMXやJASMINE計画へと受け継がれ、太陽系外惑星の研究と太陽系内探査をつなぐ架け橋となっていくことと思います。

将来に目をむけると、Thirty Meter Telescope(TMT)は、地球型系外惑星の直接撮像により生命の兆候を探ろうとするまさに人類のフロンティアを拓(ひら)く計画であり、国立天文台はその実現に向けて引き続き全力で取り組んでいます。

現地建設工事が進まない事態を受けて、日本国内での活動も、全体の工程にあわせスローダウンしていますが、国内メーカー各社は、引き続きTMTプロジェクトへの全面協力の意志を示しており、たいへんありがたいことと思っています。現地建設工事再開の際には、すみやかに本格的な活動を再開できるよう必要な準備を続けています。

2020年には、TMT計画の実現に向けた多くの重要な進展がありました。5月には、TMT計画設計提案書を米国国立科学財団NSFへ提出しました。今後、計画審査、環境影響評価および国家歴史遺産保存法のプロセスの後、NSF参加の公式決定、米国議会での予算審議を経て、米国連邦政府予算のTMTへの投入が見込まれます。NSFはハワイ・マウナケアでの天文学の継続に強い関心を示しており、すでにネイティブハワイアンを始めとする関係者やTMT建設に反対するグループを含めた多数の関係者と非公式な対話を行っています。

また、TMT国際天文台(TIO)は、2019年10月以降これまで5回にわたって反対グループ幹部との話合いを行い、私もTIOの一員として、初回の立ち上げを含めほぼ毎回参加しています。さらに、すばる望遠鏡やジェミニ望遠鏡の経験を踏まえ、米国カリフォルニア州パサデナにあるTIO本部のハワイ島(ヒロ)への段階的な移転を行う事をTIO評議会として決定しています。

ハワイ観測所では、新型コロナウイルス感染の拡大を受けて、2020年3月末から2カ月近くにわたるすばる望遠鏡の運用と観測の休止という事態に見舞われましたが、所員が一丸となって感染防止対策に取り組み、5月18日から無事に共同利用観測を再開することができました。ただし、ハワイへの行き来は限定されていることから、リモート運用による観測を推進しています。

このような中、超広視野主焦点広視野カメラHSCが、多くの観測成果をたたき出しました。NASAの惑星探査機ニュー・ホライズンズとの共同観測では、HSCによって太陽系最外縁の天体を新たに数十個発見し、今後のニュー・ホライズンズの観測計画立案に貢献をしています。

建設から20年以上経過しているすばる望遠鏡では、いろいろなところに老朽化の深刻な影響が出始めています。文部科学省のご理解を得て、老朽化対策を進めていますが、厳しい予算状況が徐々にハワイ観測所の体力を奪いつつあるのも事実です。今後長期間にわたってすばる望遠鏡を維持するには、継続的な財政支援が必要です。

国立天文台では、すばる望遠鏡の超広視野観測能力を極限まで活かし、今後20年以上にわたって世界最先端の科学的成果を挙げ続けるため、「すばる2」計画を立案しました。「すばる2」計画は、HSC、超広視野多天体分光器PFS、広視野高解像度赤外線観測装置ULTIMATEの3つの主力装置を軸にしています。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)が主導するPFSの立ち上げ作業がハワイ現地で本格化しており、2021年に予定されている初期観測にわくわくしています。「すばる2」はTMTと連携し、2020年代そして2030年代の世界の光赤外線天文学を牽引(けんいん)することは疑う余地がありません。

アルマ望遠鏡は、2020年も様々な成果を生み出しました。台湾と協力してアルマで最も低い周波数帯のバンド1受信機が製造フェーズに、また、韓国と協力してのアタカマ・コンパクト・アレイ(モリタアレイ)用分光計は実装前の準備段階に入っています。

一方、チリでのコロナ禍の拡大を受けて、望遠鏡の運用は2020年3月以来停止していましたが、10月から復帰作業が行われています。感染症対策と従来の高地安全対策を合わせて実施しながら、大規模な観測装置を復帰させることは簡単ではありませんが、早期の観測再開を目指して、チリ観測所スタッフを始め関係者の努力が続けられています。 科学観測開始から10年を迎えるアルマ望遠鏡についても、現状維持に甘えているわけにはいきません。日米欧が協力して世界一の望遠鏡の感度・解像度・同時観測可能周波数帯域を拡大する「アルマ2」計画が、「すばる2」と並んで文部科学省のロードマップ2020に選定されました。先端技術センターの受信機チームは、17ギガヘルツを超える広帯域受信機システムの実証に成功し、「アルマ2」計画へ向けて世界をリードしています。チリにあるASTE10メートル電波望遠鏡の観測運用もコロナ禍で休止を余儀なくされていますが、先端技術センター及び大学と協力して「アルマ2」計画につながる広帯域バンド8受信機の開発と新分光計の導入準備が進められました。これらの新しい装置とアルマとの連携による、さらなる発展が予感されます。

東京大学宇宙線研究所、高エネルギー加速器研究機構と連携して推進している大型低温重力波望遠鏡KAGRAは、昨年初めて観測運転を行いました。コロナ禍の拡大で、米国のLIGOやヨーロッパのVirgoが第3期観測を打ち切ったため、残念ながらLIGO-Virgoとの共同観測は実現できませんでしたが、2022年後半以降に予定されている第4期観測で重力波検出に挑む予定です。三鷹の干渉計型重力波アンテナTAMA300では、実用周波数帯域(100ヘルツ程度)で世界初の「周波数依存スクィージング」という重力波望遠鏡の感度を上げる量子光学技術の開発に成功しました。KAGRAが重力波天文学を牽引していく日が、遠からず来るでしょう。

ノーベル賞につながる歴史的発見を始めとして数々の成果を挙げてきた野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡ですが、オリオン座における「もうすぐ星が生まれる場所」目録の作成をするなどの成果を挙げました。水沢VLBI観測所でも、20年間にわたる超長基線電波干渉計VERAの観測の集大成として、天の川銀河の中心までの距離や、太陽系の位置における銀河回転速度を高い精度で決定した成果が発表されました。今後VERAは、東アジアVLBI観測網に拡大し、さらなる成果を出すことが期待されます。両観測所とも、所長のリーダーシップにより、共同利用観測の遠隔運用化、保守作業の内製化など運用の効率化が進んでいます。両所長の尽力に感謝したいと思います。

さて、衛星計画に目をむけると、赤外線による超高精度位置天文観測を世界で初めて行う小型JASMINE(JAXA公募型小型衛星3号機)では、サイエンス目的に低温星周りの地球型惑星の探査が加わり、技術検討の進展と相まって、計画が充実してきています。 太陽観測衛星Solar-C(EUVST)計画が、新たにJAXA公募型小型衛星4号機として選定され、今年は実行へ向けた準備をJAXAや海外機関と協力して進める重要な年となります。このほかに、NASA観測ロケットによる紫外線偏光分光観測CLASP/CLASP2とX線分光観測FOXSI-3の成功を受け、後継実験としてCLASP2.1は2021年に、FOXSI-4は2024年に、NASA観測ロケットによるフライトが予定されています。2022年にフライト予定の日欧米の国際共同気球実験SUNRISE-3では、赤外線偏光分光装置SCIPの開発が先端技術センターで佳境に入っており、太陽観測衛星「ひので」をしのぐ解像度と偏光精度の実現が期待できます。スペースからの太陽研究の盛況が伺える状況ですが、太陽に限らず2030年代の国立天文台の宇宙からの天文学への本格進出の先駆けとして、2021年は大事な年となるでしょう。

研究者と市民が一緒になって、天文学の成果創出を目指す取り組みも進んでいます。HSCで得られた膨大なデータに写りこんだ衝突銀河の形状を参加者の手で分類していく「GALAXY CRUISE」という市民天文学プロジェクトを、天文情報センターとハワイ観測所が共同で進めています。2020年12月1日現在、80の国と地域から5,779名が参加し、銀河の分類総数は95万回を超えました。この成果を機械学習と組み合わせることで、銀河の研究に新たな飛躍が生まれそうです。

設立後2年目に入った天文情報センターの周波数資源保護室ですが、国立天文台に天文観測環境保護の専門部署が出来たことが注目されています。これまでの電波天文観測の保護に光害の防止や軽減対応が加わり、昨年来問題となっているSpaceX社Starlink衛星の可視光線から近赤外域での観測が石垣島天文台により行われ、その観測結果はSpaceX社の光害軽減努力を裏付けるものとなりました。

天文データセンターのJVO(Japanese Virtual Observatory)が、アルマやすばるのデータ公開で活躍しています。2020年中、JVOでは262テラバイトのデータを提供し、世界70カ国からのアクセス総数は約1200万回、ダウンロード量は約9テラバイトとなり、データベース天文学に大きく貢献しました。

先端技術センターでは、最先端の機械加工設備となる5軸マシニングセンターおよび金属3次元プリンターを用いて、TMT/IRIS用構造部品の試作やアルマバンド1受信機搭載用コルゲートホーンの量産に取り組んでおります。2021年はこれらを完了し、将来のスペースへの展開や複雑化・高度化する観測装置への要求に応えていくことと思います。3センターのこれらの新しい試みに、期待しています。

このほか、科学研究部からは、すばる望遠鏡の大規模データに機械学習の新手法を適用して、生まれて間もない銀河を複数発見するなど、観測、理論、情報の融合による成果も出始めています。天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)の大規模並列型スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」(理論演算性能3ペタフロップス)は、安定して共同利用に供され、機械学習や人工知能を用いた研究も支援しています。昨年度設置されたSKA1、ngVLAの2つの検討グループでは、それぞれ、コミュニティと共に科学・技術面での検討を進め、日本版SKA1サイエンスブックの改訂、ngVLA-J memo seriesと呼ばれる集録の準備等が活発に行われました。

東京工業大学により運用されている岡山の188cm反射望遠鏡では、系外惑星探索が、コロナ禍の中リモート制御で進められています。京都大学岡山天文台の3.8メートルせいめい望遠鏡の観測も、関係者の努力により中断なく継続されており、国立天文台が行っている共同利用も順調に進展しています。国内の各大学が所有する中小口径望遠鏡を用いた連携観測を行う光赤外線天文学研究教育ネットワーク事業(OISTER)および国内VLBIネットワーク事業(JVN)が研究・教育に活躍しています。また、天文学で使われる様々な技術を暮らしの中に広げていくことを目指した産業連携室が発足し、今後の活動が注目されます。

国立天文台は、日本の天文学全般に大きな責任を有する大学共同利用機関であり、コミュニティの皆様のご支援は重要な存立基盤です。台内外の皆様のご意見を丁寧に伺いながら国立天文台の運営を行っていきます。課題に正面から向き合い、国立天文台全体の力を合わせて乗り切って行きたいと考えております。コミュニティを始め多くの皆さんのご理解とご支援をお願い申し上げます。

2021年1月5日
国立天文台長 常田佐久

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