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国立天文台長 新年のご挨拶

国立天文台長 常田佐久

2019年は、Thirty Meter Telescope(TMT)に明け暮れた1年間でした。TMTは、日本、米国、カナダ、インド、中国の5カ国の協力による口径30mの超大型光学赤外線望遠鏡計画で、国立天文台はプロジェクトの中枢部分である望遠鏡本体や主鏡の製作、観測装置の一部などを担当しています。

昨年、ハワイ島マウナケア山における建設再開のための行政手続きが完了したことを受け、7月に工事を再開する予定でした。しかし、建設に反対する方々の道路封鎖によって、工事が進められない事態となり、一時はすばる望遠鏡を含む既存のマウナケア望遠鏡群へのアクセスもできない状態となりました。現在、関係者とともに、「ホ・オポノポノ」とハワイ語で呼ばれる話合いをTMT反対派幹部と始めており、ネイティブハワイアンの声に真摯に耳を傾けて、事態を打開する道を探っている状況です。

マウナケアにTMTを建設する決意は揺らいでいませんが、ハワイでの建設が不可能と判明した場合、TMTに対する米国連邦政府予算措置の目処が立てば、代替建設地として選定されているカナリア諸島ラ・パルマへ移行することとしています。その場合には、関係機関等による審議・承認が改めて必要となります。

2015年のハワイ島マウナケアでの現地建設中断以降も、我々は手をこまねいていたわけではありません。この時間を利用して、念には念を入れた設計・試作・製作が進められてきたことを強調したいと思います。特に、望遠鏡本体の設計では、これまでにない精度の追尾機構や大地震でも望遠鏡が生き延びられるための免震機構等の試作試験が繰り返され、完成度の向上とリスクの低減を図り、TMTが必要とする高い精度と信頼性を達成しています。昨年11月には主要部分の国際最終設計審査に合格し、主鏡製作や観測装置の設計の進捗とも相まって、国立天文台はTMT全体が実現性の高い計画であるという国際的な評価を得ることに大きく寄与しています。また、カリフォルニア事務所の設置により、これまで1名であった赴任者が、プロジェクト長以下5名の体制となり、TMT国際天文台(TIO)のスタッフとして活躍しているのも大きな進展です。

ここで、国立天文台の運営費交付金の危機的状況に触れざるを得ません。運営費交付金は、毎年自動的に1.6パーセント、1億円弱の削減が行われています。これを外挿すると、2028年度には8億円の減少となり、10年間で総計約34億円の減少となります。残念ながら、この厳しい状況が改善する見通しは少なく、国立天文台は、今後10年の運営費交付金の減少をしっかりと見据えて、予見性のある形で既存事業と新規事業を推進していく必要があります。このためには、既存プロジェクトの活性化と効率化、国際協力の一層の推進が必須であります。

昨年の年初の挨拶では、「学術成果を継続的に創出すること」、「分野間連携により新分野を創生すること」、「既存プロジェクトの活性化と効率化を図ること」、そして「技術的資産の社会活用」の4つのことが大切だと申し上げました。本年も引き続きこの4点を指針として、国立天文台の運営を行っていきます。ここでは、この4点について、昨年の成果と今年の展望について、お話したいと思います。

最初の「学術成果を継続的に創出すること」については、国立天文台の各研究施設を使って多くの研究成果が得られています。私の記憶に残っている昨年のハイライトとしては、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラHSCにより、アンドロメダ銀河の星のマイクロレンズ効果を調べて、ダークマターは極微のブラックホールではないということを明らかにした研究、130億光年かなた(赤方偏移6)に100個近いクエーサーを発見し、宇宙開闢(かいびゃく)から10億年以内にすでにクエーサーとなるような巨大ブラックホールが多数形成されていたことを明らかにした研究、さらに、アルマ望遠鏡により、原始惑星系円盤にアセトアルデヒドやアセトン等の有機分子を検出したこと、原始惑星系円盤で惑星の誕生現場をピンポイントに特定した観測を挙げますが、このほかにも国立天文台発の多くの優れた研究があります。

これらに加えて、アルマ望遠鏡が観測に参加したミリ波VLBIにより、ブラックホールの影の撮影に成功したことも大きなニュースでした。これには、水沢VLBI観測所のグループが貢献をし、水沢120周年に華を添える成果になりました。

2019年のすばる望遠鏡は、太陽系天体から遠方宇宙に至るまで幅広い科学成果を挙げることができました。特にHSCの活躍は素晴らしく、その優れたサーベイ観測能力は、世界の他の望遠鏡を凌駕(りょうが)する高品質のデータを次々と生み出しています。地球型惑星の検出を目指す、近赤外線ドップラー分光器IRDによる戦略枠観測もスタートしました。6月には、すばる望遠鏡20周年記念式典が盛大に挙行され、これまでのすばる望遠鏡の高い成果を反映して、各方面から多くの列席者がありました。

アルマ望遠鏡も幅広い科学成果を創出しており、第7期には口径7mアンテナを用いる観測の追加募集も行われ、コミュニティからの要望の高さを反映して非常に多くの提案が集まりました。国内での活動としては、アルマプロジェクトの装置開発、コンピューティング、科学運用等のチームが世界のパートナーと協力しながら、アルマ望遠鏡の円滑な運用と観測・データ解析効率の向上に尽力しました。日本製の口径12mアンテナに対しオーバーホールを実施できたことも大きな成果です。装置開発においては、アルマ望遠鏡で最も低い周波数帯の観測を可能にするバンド1受信機の開発と、アタカマ・コンパクト・アレイ用分光計の開発という、東アジアが担当する2つの開発プロジェクトが実装前の最終評価を終えました。先端技術センターの受信機チームは、高臨界電流密度の超伝導SIS素子を用いた広帯域受信機の開発・実証に世界に先駆けて成功し、「アルマ2」計画へ向けた突破口を開いています。

大型低温重力波望遠鏡KAGRA は、国立天文台の担当する防振装置等のインストールが昨年5月に完了しました。「LIGO-VIRGO」の第3期観測へ参加するためには「1メガパーセク先にある中性子連星合体を観測できる感度を実現する」という条件を クリアする必要があり、検出感度の向上に取り組んでいます。また、三鷹キャンパスの干渉計型重力波アンテナTAMA300では、KAGRAの感度向上に必須の技術開発が行われています。KAGRAの観測開始やTAMA300発の最新の技術により、2020年が重力波天文学にとって大きく飛躍する年になることを期待しています。

太陽グループでは、太陽観測ロケット実験CLASP成功を受けて、4月に高精度紫外線偏光分光望遠鏡CLASP2を搭載したNASA観測ロケットの打ち上げが行われ、大成功を収めました。天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)による論文も増え続けており、2018年度には、141本の査読論文を出版しました。

本年も、昨年のように観測施設の不断の改善により、世界をリードする研究成果を挙げたいものです。

2つ目の「新分野を創生する」ですが、スペースへの取り組み強化の一貫として、宇宙科学研究所で活躍しておられた満田和久教授が技術主幹として着任しました。また、情報・システム研究機構 統計数理研究所と連携してのアストロ・インフォマティクスをキーワードとしたテニュアトラック人事も進行中です。

一昨年行ったAプロジェクトの公募には多くの応募があり、2件のAプロジェクトと2件の検討グループ、1件の大学間連携プロジェクトが新たに生まれました。Aプロジェクトには、いずれもすばる望遠鏡の主焦点スぺクトログラフPFSと地表層補償光学GLAOの2件が選定されました。世界の期待の高いPFSは、年内にエンジニアリング・ファーストライトを迎え、2022年には共同利用を開始する予定です。GLAOは、すばる望遠鏡の副鏡を可変鏡化して、広視野かつ高空間分解能の赤外線観測を実現するものです。いずれも「すばる2」計画の柱となるものです。今年は、これらの布石が着実に進展し花開いていくことを期待しています。

3つ目の「既存プロジェクトの活性化と効率化を図ること」も進展しつつあります。

開所36年を迎えた野辺山宇宙電波観測所では、立松所長のリーダーシップにより観測所運営費の削減に取り組む一方、銀河面サーベイをはじめとしたレガシープロジェクトにて取得されたデータが公開されつつあり、アルマや次世代研究の土台として多くの研究者に活用されることを期待しています。

東京工業大学により運用されている岡山の188cm望遠鏡では、1月初旬から国内唯一の自動キュー高分散分光観測が開始され、太陽系外惑星探索が続けられています。さらに、京都大学せいめい望遠鏡は、大気揺らぎ限界(1秒角)の星像を達成し、我が国初の分割複合鏡の能動制御を確立しました。これを受けて、国立天文台が行っているせいめい望遠鏡の共同利用も順調に進展しています。

南米に目を向けると、不具合のために長期間運用を休止していたASTE望遠鏡が、浅山チリ観測所長らの尽力により復帰し、共同利用観測が再開されました。先端技術センターで開発された大幅に感度が向上したアルマバンド10受信機を搭載しての試験観測にも成功しています。今後、南半球で唯一のサーベイ観測が可能な望遠鏡として、アルマ望遠鏡との連携による成果を期待しています。

すばる望遠鏡では、望遠鏡・ドーム等の保守作業に関し、製造メーカ依存体質からの脱却とコスト削減が進んでおり、株式会社横河システム建築によるメインシャッター改修に成功しました(これは水沢や野辺山でも同様です)。また、新たに所長を補佐する副所長2名が三鷹から着任し、国立天文台の中核観測施設であるすばる望遠鏡の体制強化を図っています。このように、各観測所では活性化と効率化の試みが行われており、2020年は国立天文台全体でこの流れを定着させ、科学成果の一層の増大と新規開発プロジェクトの強化を図っていきます。

さて、4つ目の国立天文台の先端的な「技術的資産の社会活用」についてです。昨年「産業連携準備室」を発足させました。これは「天文学のための技術を、暮らしを支える技術に」を合言葉に、国立天文台が培ってきた先端技術を広く社会の中で役立てることを意図した組織です。最近、VIPの視察が多くなっていますが、異口同音に、「天文台にこんなにすばらしい技術があったのか。産業界にアピールすれば、もっと活用できるのではないか」との講評をいただきます。2020年は、産業連携のための仕組みの検討を進め、活動を本格化させていく必要があります。開発研究に携わる職員の方々には、新年にあたり「自分の技術が、天文学以外の産業や民生に活用できないか」、考えていただければ幸いです。

最後になりますが、2020年の国立天文台の最大の課題は、なんといっても、TMTを軌道に乗せることであります。ハワイ現地での工事が進んでいない事態によって、文部科学省学術審議会大型プロジェクト作業部会によるTMT計画の進捗評価、および来年度のTMT予算はたいへん厳しいものとなっており、これが天文台の事業全般に影響を与えることも懸念されています。

一方、先に述べましたように、国立天文台のこれまでの科学的・技術的な成果の蓄積と今後の発展には揺るぎないものがあり、TMT以外の各プロジェクトの着実な進展を図ることも忘れてはなりません。

現在の状況は、国立天文台にとって今まで経験したことのないような困難な事態ですが、この難局に正面から向き合い、国立天文台の力を合わせて乗り切って行きたいと考えております。職員皆さんのご理解とご支援をお願い申し上げます。

2020年1月6日
国立天文台長 常田佐久

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