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星の世界の入り口へ 国立天文台での宇宙飛行士候補者訓練
星の世界へ行ってみたい。そんな人類の夢が初めてかなえられたのは1961年のことでした。以来、さまざまな国のたくさんの宇宙飛行士が宇宙に飛び出しています。地球周回軌道へ、月へ。そしてさらに遠くへ。宇宙は果てしなく広く、それに比べれば人類は小さな存在かもしれませんが、それでも確かに一歩ずつ星の世界への道を歩んでいます。
観光として宇宙に行く人たちもいる現代ですが、それでも宇宙に行く前にはほとんどの場合に特別な訓練が求められます。宇宙船の操縦訓練や体力トレーニング、語学の学習などのたくさんの項目の中に、宇宙そのものについて学ぶ訓練もあります。宇宙航空研究開発機構(JAXA)で新しく宇宙飛行士候補者に選ばれた諏訪理(すわ まこと)さんと米田あゆ(よねだ あゆ)さんへの天文学の講義が、2023年12月に国立天文台三鷹キャンパスで開催されました。
訓練は、天文情報センターの渡部潤一上席教授による天文学入門の講義で始まりました。人類は昔から星空を眺め、暦を生み出し、観測装置を発達させながら、宇宙の構造と広がりを理解してきたことが紹介されました。続く科学研究部の大内正己教授による講義では、宇宙全体の構造と進化を扱う宇宙論や、すばる望遠鏡や最新鋭の宇宙望遠鏡JWSTを駆使した銀河の進化に関する最新の知見が取り上げられました。昼食を挟んで午後には、アルマプロジェクトの深川美里教授による講義が行われ、星の一生や惑星の形成、太陽系外惑星について、アルマ望遠鏡などの活躍で急速に進む研究の様子が取り上げられました。そして先端技術センターの本原顕太郎教授が、現代の天文学を支える最先端観測装置についての講義を行いました。その後、4D2Uドームシアターに場所を移して行われた講義・実習では、天文情報センターの平松正顕講師が代表的な星の見つけ方や宇宙全体の構造について紹介しました。
講義を担当した渡部上席教授は、「私の講義では、人類の宇宙観の変遷に重点を置いてお話ししました。お二人とも非常に良く理解され、的確な質問もあり、講義をする側としては手応えがあったので、良い経験だったと思います」と語っています。
JAXAから宇宙飛行士候補者訓練のとりまとめを受託し、本訓練を担当している有人宇宙システム株式会社(JAMSS)の大庭美彩(おおにわ みさ)さんは、「天文学の誕生から宇宙の姿に関する最新の研究結果まで、多岐にわたる内容をぎゅっと1日に凝縮していただき、将来的にさまざまな天体での探査や有人活動に関わっていくであろうお二人にとって、大変実りの多い訓練になったと思います」とコメントしています。
宇宙飛行士の皆さんが行くのは、今のところは地球周回軌道あるいは月までです。何百光年も離れた太陽系外惑星や何億光年も彼方の銀河に行く技術を、人類はまだ手にしていません。それでも天文学の講義が訓練に含まれているのは、宇宙飛行士の皆さんが星の世界の入り口に立つ方々だから。国際宇宙ステーションでは今も天文観測のための装置が稼働中ですし、月面に天文台を作ろうという構想もあります。もちろん、宇宙飛行士の皆さんは大人からも子どもからも宇宙の質問をたくさん受けることになるでしょうから、その基礎知識を持っていただくことも重要です。今回の訓練内容が、他の訓練や実際の宇宙におけるミッション、さらにより広く宇宙飛行士としての活動に生かされることを願っています。
今回の訓練は、国立天文台の産業連携の仕組みを使って実施しました。宇宙飛行士とは違って、天文学の知識そのものが企業活動に役立つことはまれかもしれません。しかし、時間的にも空間的にも広大な宇宙と対峙(たいじ)する天文学者の考え方に触れることで、長期的な視点でイノベーションを生み出したい皆さんのお役に立てる場面があるかもしれません。星の世界を知ることは、地上の世界を見直すきっかけを与えてくれます。星の世界は、宇宙飛行士や天文学者だけのものではないのです。