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人工の星が舞い踊る夜空の下で —— 衛星コンステレーションと天文学

急増する人工衛星
星々の間をスーッと動いていく光の点。願いごとを3回唱えられないくらい短い時間で消えてしまったなら、それは流れ星。光が点滅していれば、それは飛行機。どちらでもなければ、その正体は人工衛星かもしれません。数百キロメートル上空で地球の周りをまわる人工衛星に、太陽の光が当たって輝いているのです。
ここ数年、人工衛星の数は爆発的に増えています。数百機から数万機の人工衛星を使って通信や地球観測を行う「衛星コンステレーション」の計画が、いくつも進行中なのです。「コンステレーション」は「星座」という意味の英単語で、たくさんの人工の星を組み合わせることからこう呼ばれています。都市から遠く離れた陸地や海上や空中に、あるいは大規模災害で地上通信網が使えない場所に、人工衛星から電波を届けることで外の世界とつながることができます。生活の質を向上させるために、あるいは命と財産を守るために、衛星コンステレーションに寄せられる期待は高まっています。

望遠鏡に写りこむ人工衛星の光
そんな大きな期待を背負う衛星コンステレーションを、心配そうな顔で見上げる人たちがいます。夜空の星を見る人たちです。2030年代には人工衛星の数は現在のおよそ10倍、10万機に達すると予測されています。そうなると場所によっては、日没後の早い時間に見える星の十数個に1個が人工衛星という状況になるかもしれません。天文学のための観測にも影響が及ぶことが心配されています。天文台によっては、既に観測画像の2割ほどに人工衛星が写りこんでいる例も報告されています。宇宙に浮かぶ望遠鏡にとっても無縁ではありません。例えばハッブル宇宙望遠鏡は高度約540キロメートルの軌道をまわっていますが、多くの衛星コンステレーションはこれよりも高い軌道をまわっているため、ハッブル宇宙望遠鏡の画像にも人工衛星が写りこんでしまうのです。2018年から2022年にハッブル宇宙望遠鏡の広視野カメラ「ACS」で撮影された画像の約4パーセントに人工衛星が写っていた、という報告もあります。人工衛星の数が今後10倍に増えれば、それに比例して観測画像への写りこみも増えていくことでしょう。

もともと観測画像には、宇宙線など様々なノイズが入るものです。これらの影響は画像処理で取り除いていますが、これは画像の情報の一部を捨てていることに相当します。さらに多くの人工衛星が写りこむとなると追加の観測が必要になる可能性もあり、観測の効率が落ちてしまいます。超新星爆発や地球近傍小惑星のように明るさや位置が変動する天体の観測では、貴重なデータが失われてしまうことになるかもしれません。
人工衛星の影響は可視光線での観測にとどまらず、電波天文学にも及ぶ可能性があります。人工衛星が通信に使う電波は、遠く彼方の天体から届く電波よりもはるかに強いので、電波望遠鏡に通信の電波が入ってしまうと観測になりません。人工衛星はあらかじめ割り当てられた周波数帯の電波を通信に使っていますが、国によっては天文台の周りに電波制限区域を設けて電波観測に適した環境を特別に守っている場所もあります。しかしこれは国内の制度であるため、宇宙を飛ぶ人工衛星には効力が及びません。
天文学と人工衛星の共存を探る話し合い
こんな状況ですが、天文学者の悩みを理解し意見交換に参加してくれる衛星事業者もあります。2022年、国際天文学連合はこの問題に対処するための新しい組織(Center for the Protection of Dark and Quiet Sky from Satellite Constellation Interference、衛星コンステレーションの干渉から暗く電波静穏な空を守るためのセンター)を立ち上げました。この組織には天文学者だけでなく複数の衛星事業者も参加していて、天文学への影響の軽減策を一緒に議論しています。反射光を軽減するために人工衛星の機体を改良したり、電波観測への影響を軽減するための手法を天文学者と一緒に検討したりしている企業もあります。最初に述べた通り、人工衛星は私たちの生活を支える重要なインフラであることは間違いありませんし、天文学者もそれに反対しているわけではありません。価値ある人工の星たちと、宇宙の謎を解き明かす天文観測とが共存できる環境を作っていくために、天文学者と衛星事業者の真摯な議論が続いています。