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秋の夜長に考える、私たちのまわりの光のこと

石垣島天文台と夏の天の川
石垣島天文台と夏の天の川(クレジット:国立天文台)

皆さんがお住まいの場所からは、天の川は見えますか?見えるというあなた、ラッキーです。ある統計によれば、日本では約70パーセント、北米では80パーセント、ヨーロッパでは60パーセントの人が天の川を見ることができない場所に住んでいます。先進国の中では、天の川が見える場所に住んでいる人のほうが少数派なのです。天の川が見える地域にお住まいの皆さん、おめでとうございます……。

で、よいのでしょうか?日常的に意識することはあまりないかもしれませんが、光も私たちを取り巻く環境の一つの構成要素です。人工的に作られた光が不適切に使われることで引き起こされる様々な問題を総称して、「光害(ひかりがい)」と呼びます。街中を歩いていると、照らす必要のない方向に光が漏れていたり、不必要なまでに光が強かったりする場面を見かけることも珍しくないでしょう。でも、水が流れっぱなしの蛇口に出会うことはそれほど頻繁ではないと思います。使わないのに水が出続けているのはもったいないですよね。それと同じく、不必要な方向に不必要な強さで出ている光も、実にもったいないのです。エネルギー価格が上昇している今なら、なおさらのことです。

光害が強い場合、夜空の星が見にくくなるのはもちろんのことですが、それ以外にも様々な影響が出ます。例えば、道路の近くで不必要に明るい照明があった場合、車の運転者や歩行者がまぶしさを感じて目がくらみ、周囲を見づらくなります。もしかしたら事故の原因になるかもしれません。また、照明器具にガなどの虫が集まっているのをよく見かけますね。これは、生物の行動が人工照明によって影響を受けていることの証しです。昆虫のような無脊椎動物も、脊椎動物も、ほぼ半数は夜行性とされていますし、暗い環境がないと生きていけない生き物も多くいます。例えば、ウミガメは明るく照らされた砂浜を避けて産卵すると言われています。もちろん人間にも、概日リズム(いわゆる体内時計)の維持のために適切なタイミングで暗い環境にいることが必要です。広く普及しているLED照明に含まれる青色光は、体内時計と深い関係にあるメラトニンというホルモンの分泌を大きく抑えるはたらきがあることもわかってきました。体内時計を整えるためには、適切な時間に暗い環境にいる必要があるのです。肥満や病気と光との関係についても、様々な研究が行われています。

良好な光環境が阻害されている地域のイメージ(左)と、良好な光環境が作られている地域のイメージ(右)
良好な光環境が阻害されている地域のイメージ(左)と、良好な光環境が作られている地域のイメージ(右)。(環境省光害対策ガイドラインより抜粋)

もちろん、安全で快適な生活を送るためには光が必要です。すべての光を消せばよいというわけではありません。安全を確保するための照明は必要ですし、商業施設の看板を照らす必要もあるでしょう。建築物のライトアップなど、楽しさや美しさを作り出す照明も重要です。適切な場所で、適切な時間帯に、適切な明るさで、適切な方向に光を出す照明を工夫すれば、光害を抑えた上で、快適な光環境を実現することができます。

神津島で行われた光害対策の例
神津島で行われた光害対策の例。改修前(左)と改修後(右)の街灯を比べると、改修前は照らしたい道路以外の方向に光が漏れて通行者からもまぶしく見えていますが、改修後は光の漏れが抑えられています。(出典:神津島まるごとプラネタリウム)

暗い夜空や美しい星空は、最近では観光資源としても注目され、世界でも「アストロツーリズム」と呼ばれて人気を博しています。国際ダークスカイ協会の「星空保護区®」に認定された、沖縄県の西表石垣国立公園、東京都の神津島、岡山県井原市美星町の国内3か所では、これを核にした観光振興に各自治体が取り組んでいます。また、1989年に日本で初めて光害防止条例を定めた岡山県美星町(現在の井原市美星町)をはじめとして、群馬県高山村、鳥取県、長野県などが光害の防止を明記した条例を制定しています。フランスでは全土で光害を抑えるための法律がすでに施行されています。

街明かりには、活動的で豊かな社会の象徴という側面が確かにあります。しかし、暗い夜空もまた豊かな社会を構成する一つの要素になりうるのです。どのような光環境が望ましいのかは、大都会であるのか離島であるのか、観光地であるのか生活の場であるのかなど、場所ごとに異なることでしょう。皆さんがお住まいの場所、あるいはお勤めの場所では、どんな光環境が適切なのか、そんなことを考えてみながら秋の夜長を過ごしてみるのはいかがでしょうか。

「星空保護区®」は一般社団法人星空保護推進機構(DPA)の登録商標です。 星空保護区認定制度ウェブサイト

参考

文:平松正顕(国立天文台 天文情報センター)

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