自然科学研究機構 国立天文台

Z項発見から120年

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木村榮記念館に再現された当時の所長室
木村榮記念館に再現された当時の所長室(クレジット:国立天文台)

一定と思える地球の自転軸も次第にずれ、また変化していきます。地球は剛体から流体まで、さまざまな性質の物質から出来ています。でも19世紀にはこれらの影響は未知のままでした。1899年に国際緯度観測事業が開始され、恒星の位置を正確に測定することで地軸の動きを測り始めたのも、その未知の世界を開く努力の一つでした。1902年、緯度観測事業が始まって間もなく、水沢に置かれた臨時緯度観測所の木村榮(きむら ひさし)によって未知の成分「Z項」が発見されます。世界が驚き、賞賛の声を上げました。でもZ項の原因は不明のままで、その解明に木村も努力を重ねますが、その解を見つけることはできませんでした。

天文学と地球科学を結ぶ新しい研究

こうした中で、変動する地球の研究には従来の理論では全く足りず、新しい理論を構築しようとするグループが生まれます。それは、天文学と地球科学を結ぶ「地球潮汐(ちょうせき)と歳差章動(さいさしょうどう)」の研究分野でした。やや難しい研究の一つですが、それに関わる科学者がイギリス、ドイツ、フランス、ベルギーなどで多く現れました。日本でこの研究に取り組んだのは京都大学でした。1910年にすでに実験室を置き、天体の力による地面の傾斜変化など(地球潮汐)を明らかにしていました。戦後になり緯度観測所でも地球潮汐の観測を開始します。当時の研究課長であった須川力(すがわ ちから)がヨーロッパの会議で「水沢の緯度観測から求めた潮汐ファクター」の論文を発表したところ、大好評を博しました。早速、ベルギー天文台から地面の傾斜変化の共同観測の依頼を受けました。

その後、細山謙之輔(ほそやま けんのすけ)の主導のもと安定な地盤を求め、江刺の阿原山(あはらやま)の花崗岩地帯に地球潮汐観測施設を設置したのは1978年のことでした。山体の中腹に坑道を掘り、傾斜計、伸縮計、重力計、またベルギーからの傾斜計も再設置し、待望の観測がスタートしました。この時にはすでに観測所内の若生康次郎(わこう やすじろう)によって、イギリスのジェフリーズとフランスのビセンテが打ち立てた地球モデルにおける地軸の空間に対する首振り運動(章動)の流体核成分がZ項と一致することが示されていましたが、もっと身近な動きとして明らかにしたいとの希望が高まっていました。

地球の動きを突き止める研究

その研究のために日本各地からスタッフが集まってきました。機器の多くを手作りし、観測の工夫とメンテナンスをこなし、地球の微妙な動きを取り出す作業に当たったのは、北海道出身の佐藤忠弘(さとう ただひろ)でした。観測データから、地球の中で流体核が天体の力と共鳴し合って動いている様子が捕えられました。また、理論モデルに工夫を重ね、世界トップのモデルを築いたのは東京出身の笹尾哲夫(ささお てつお)でした。笹尾は、東京大学の大久保修平(おおくぼ しゅうへい)や斎藤正徳(さいとう まさのり)らの研究仲間と共に、流体核がマントルの中で動く共鳴周期は23時52分57秒(平均太陽時)であり、「自由コア章動」と言われる流体核の固有運動であることを明確にし、その影響が外部天体の力で生じる潮汐の振動を増大させ位相を変えることを示しました。

近年になり花田英夫(はなだ ひでお)と大江昌嗣(おおえ まさつぐ)は、地質年代まで遡って地球自転速度の変化と流体核の形状への影響を解析し、過去における地球潮汐と、流体核固有の回転の揺れ「自由コア章動」の周期が一致する年代を確認しました。その結果として、今からおよそ2.8億年前と13億年前に両者の周期が全く同じになる時期があったことを突き止めました。

さらに見えてくる地球の中の動き

Z項の発見から120年の今。流体の流れの計算や実験で明らかになった地球の回転運動を、現在の視点で見ていくと、流体核とマントルの境界近くで、西向きの流れが発達することが見えてきます。また流体核の動きと地球の進化、さらに地球磁場発生との関わりが、見えてくるのではと考えられています。

現在、これらを解説する動画を制作中、タイトルは「宇宙の力が地球の中を動かす」です。奥州宇宙遊学館のウェブサイトであらすじ等を紹介しますので、ご期待ください。

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大江昌嗣(奥州宇宙遊学館)