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2024年を迎えて—国立天文台長 常田佐久

あけましておめでとうございます。まず、元日早々に発生した能登半島・北陸地方での地震で被災された方にお見舞いを申し上げます。

2018年4月に国立天文台長に就任して以来、国立天文台が抱える様々な案件について、課題の解決・改善や新規施策の立ち上げに積極的に取り組んできました。台長の仕事は、外から見えやすい部分と見えにくい部分とがあります。2024年3月末に台長を退任するにあたり、この6年間を振り返ってみたいと思います。

膠着(こうちゃく)状態に陥っていたTMT計画については、ハワイ州政府および州議会との対話を重ね、米国国立科学財団(NSF)やワシントンとの対応に加えて、文部科学省との連携に力を割きました。また、ハワイ先住民族との対話を率先して行い、TMT国際天文台(TIO)の地元対策に関する考え方を、対立から対話へ根本的に転換しました。具体的には、先住民の代表の方々との「ホーポノポノ」と呼ばれる調停のための対話を有志と始めました。彼らと長時間、膝詰めで話しましたが、みなストーリテラーで、航海と天文学、マウナケアの地における風と水、宇宙と生命の調和、ハワイ王国防衛のために日本が巡洋艦2隻を派遣したことなど、そのお話はたいへん興味深く、私の反対運動への見方を一変させました。ホーポノポノは毎回参加者が増え、5回を数えたところでコロナ禍により中断しましたが、これが今日の先住民代表が参加するマウナケアの新管理組織「Maunakea Stewardship and Oversight Authority(MKSOA)」による対話につながっていると思っています。

先住民の皆さんに対する見方は、当時のTIO指導者たちと私とでは大きく異なっていました。先住民族の反対運動への対応の仕方、TIO自身のガバナンスについて、私はTIOの指導者や評議員会員と鋭く対立しましたが、やがて信を得て、今では評議会の共同議長に就任し、各機関の立場を考慮しつつ評議員会における重要案件の議論をリードしています。この結果もあって、TMTを取り巻く状況は大幅に改善しています。

超広視野多天体分光器(PFS)とULTIMATEを中心とした「すばる2」、受信機の中間周波数帯域を広くしてアルマ望遠鏡の観測効率を何倍にも増やす「アルマ2」が、文部科学省科学技術・学術審議会で審議され、今後10年の継続が認められたことはまことに重要なことでありました。当時、科学技術・学術審議会の作業部会からは、「すばるやアルマが、成果が出ているからといって延長は認めない。今までと異なるミッションとするように」との指示をいただき、革新的な性能向上と科学目標の再定義をわかりやすい名称で表現しようということで、「すばる2」、「アルマ2」と命名したことが思い出されます。

このほか、すばるの老朽化対策予算の確保、これは総額29億円になります、「東アジア天文台(East Asian Observatory、EAO)」のガバナンスの改善、科学研究部の創設、先端技術センターの強化、運営費交付金の配分に伴う種々のきめ細かい改善、超党派の天文議員連盟の発足など国立天文台の社会的地位の向上に向けた取り組みなどを行ってきました。国立天文台30周年記念式典は国会議員の先生方の出席も多く盛況で、先生方から「国立天文台の活動成果に感心した。応援したい」とのお話をいただき、その場で超党派での「天文フロンティア議員連盟」の発足が決まりました。この議員連盟の活動は活発で、先日もジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の初期成果について大内正己(おおうち まさみ)教授が講演したほか、国立天文台や関連機関の予算増のために応援してくれています。

これまでお話してきましたように、この6年間、私の台長職のかなりの部分は、TMTやEAOをあるべき姿に整えることに費やされたといっても過言ではありません。改めて言うまでもありませんが、これらは執行部の方々と事務部、台内外の皆さん等多くの関係者の方々のご尽力、ご協力により、達成できたことを強調したいと思います。ありがとうございました。

一方、執行部と関係者間のコミュニケーションの面において課題があったことも事実であり、残念ながら、外部からも指摘を受けたところです。私自身も、たいへん反省をしております。台内を含む「天文コミュニティとともに歩む国立天文台」というあるべき姿を見失わないよう、次期執行部へもしっかり引き継いでいきたいと考えています。

ここからは、国立天文台の昨今の状況と、将来への個人的な期待を述べたいと思います。昨年は、国立天文台にとってとても良いニュースがありました。先ほども少し述べましたが、TMTの状況が目に見える形で好転し始めたことです。先住民も参加するマウナケア管理組織(MKSOA)は着々と組織体制を構築しており、米国超大型望遠鏡(US-ELT)プログラムへ米国連邦予算の2年連続しての投入が決まっています。また、TMT計画はNSFによる基本設計審査(PDR)で高い評価を得、NSF内で最終設計フェーズに進む準備が行われています。特に重要だったのが、昨年8月に行われたTMTのこれまで10年間の活動の日本国内における期末評価です。評価報告書を少し引用させていただきますと、

  • 不測の事態によりプロジェクト全体が遅れている状況下において、日本が担う部分については、可能な範囲で着実に製作が進んでいる。建設が中断している状況ではあるが、依然として高い学術的意義を有している。
  • 地域住民の理解が得られるような様々な活動を展開しており、プロジェクト全体における日本の貢献は大きい。本計画の推進に大きく貢献してきた点は我が国の信頼獲得とプレゼンス向上に寄与していると評価できる。
  • 現地ハワイにおける問題は、本計画に限らず、社会における科学の在り方を考える上で大きなインパクトを有する出来事であり、本計画を通じて得られた教訓について、他の国際共同で進められるような大型プロジェクトにも広く共有されることが望まれる。

このように、TMTプロジェクトの過去の実績について、極めて高い評価を受けました。さらに昨年は、我が国の大型科学プロジェクトを選定する「ロードマップ2023」の公募があり、12月22日に47件の応募から7件が新規に選定され、公表されました。TMTは高い評価を得て選定され、今後10年間「大規模学術フロンティア促進事業」として活動が認められることになりました。

TMTは過去の実績について高い評価を受けただけでなく、その未来についても、実現可能なプロジェクトとして再度国の認定を受けたことになります。国立天文台と天文学コミュニティは、この国の付託を重く受け止め、TMTを必ず実現せねばならないことを強調したいと思います。

昨年末には、すばる2、アルマ2、TMTの2024年度予算内示があり、全体としてかなりの増額となっています。特に、TMT予算は、2023年度に比べて倍増し、2倍以上となっています。これも臼田知史(うすだ とものり)TMTプロジェクト長を始めとするプロジェクトの皆さんの頑張りや、プロジェクトと台長・執行部、事務部の密接な連携の成果であり、関係者のご尽力に重ねて感謝いたします。

繰り返しとなりますが、この6年間TMT計画の推進に全力を挙げてきましたが、工事が中断した2019年頃に比べて、ハワイの状況、NSFのプロセスともにかなり改善・進展しており、文科省等の理解も格段に深まっています。TMTは、時間はかかるが必ず実現できるので、国立天文台の皆さんと天文学コミュニティが“one voice”となることの重要性を強調したいと思います。

さて、目を宇宙に向けると、昨年米国で大きな動きが二つありました。一つ目は、NASAが、JWSTの後継機としてHabitable Worlds Observatory(HWO)の検討を正式に始めたことです。2040年代前半の打ち上げを目指し、その主要な科学目標は、「我々の太陽系外に人類が居住可能な惑星を探す」ことです。このためにNASAに検討委員会ができましたが、委員の一人に宮崎聡(みやざき さとし)ハワイ観測所長が招かれており、国立天文台を中心にHWOに観測装置を提案出来る体制を整えていく必要があります。太陽観測衛星SOLAR-Cが走り出し、位置天文観測衛星JASMINEがその後を追いかけています。国立天文台は、先端技術センター(ATC)を中心に、両衛星の主観測装置の開発を行います。また、国立天文台は、太陽分野で、観測ロケット実験CLASPシリーズやFOXSI-4、気球実験SUNRISE-3で、特徴ある観測装置の開発を行い、国際的なプレゼンスは高いものがあります。これらの搭載装置開発で力をつけて、2030年代、40年代にはNASAやESAの大型宇宙望遠鏡計画に国立天文台が主要パートナーとして参画していくことを期待しています。

二つ目は、アメリカ主導の月探査計画「アルテミス計画」の急速な進展です。日本人の宇宙飛行士少なくとも二人が月面に降り立つことが昨年末話題となっていましたが、アルテミス計画の下での月面への輸送手段の確保、月面のインフラの構築により、月面からの天文学観測が急速に現実的になっています。月面では、月裏面の低周波の電波干渉計により宇宙初期の暗黒時代の観測が可能になるなど、地球では不可能な観測が可能となります。

「宇宙基本計画」では、「アルテミス計画による月面活動の機会を活用し、「月面における科学」の具体化を進める」旨が記載され、その一つとして「月面からの天体観測(月面電波天文台)」が明記されました。国立天文台の電波観測・干渉計観測の実績をもとにぜひ、国立天文台が中心となって具体的計画が進展することを期待しています。国立天文台は地上の天文学の推進を本務としつつ、地上の技術の応用である宇宙望遠鏡計画にも果敢に進出してもらいたいと思っています。

さて、先端技術センター(ATC)、天文データセンター(ADC)、天文情報センターは、国立天文台のプロジェクトを支える屋台骨です。ATCでは新機軸を打ち出し、「天文学のための技術を暮らしを支える技術に」を合言葉に「社会実装プログラム」を立ち上げ、現在、量子コンピュータ適用プロジェクトチーム、補償光学応用プロジェクトチームに加え、大型宇宙分割望遠鏡プロジェクトチームの3チームが活動しています。

量子コンピュータ適用プロジェクトチームでは、科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業の概念実証実験を経て、量子ビットの超低電力アンプやアイソレーターで成果を挙げています。補償光学応用プロジェクトチームでは、すばるの補償光学を応用した生体顕微鏡の開発に向けた研究が進んでいます。新設の大型宇宙分割望遠鏡プロジェクトチームでは、JAXAの地球観測用大型分割望遠鏡の開発に協力し、宇宙望遠鏡に適用することを狙っています。

このような新しい試みをさらに発展させて、国立天文台の先端技術を社会に適用し、ウインウインの関係が構築されることを期待しています。今後運営費交付金の増額は見込めず、予算源の多様化に努める必要がありますが、社会実装プログラムが、今後より広い分野から競争的資金を得るための強力な手段となること、同様にADCも単なるアーカイブ機能から脱却し、ビッグデータ、AI、オープンサイエンスをキーワードにした「アストロインフォマティクス」と呼ばれる天文ビッグデータ・AI解析等の研究拠点となっていくことを期待しています。

新年ですので、今回は過去6年間の成果と今後の展望について述べました。まとめますと、

  • TMTはこれから進んでいくので時間はかかるが一致団結して完遂していただきたいこと。その間10年間は、「すばる2」、「アルマ2」で成果を出し続けていただきたいこと。ここには、その先にある「すばる3.0」、「アルマ3.0」の検討を、そろそろ始めていただきたいことが含まれています。
  • 地上天文学と飛翔体天文学において、その技術、プロジェクト遂行のやり方で差異がなくなってきており、国立天文台の技術とプロジェクト遂行能力をもって、ぜひスペースに進出していただきたいこと。SOLAR-CとJASMINEはその橋頭堡(きょうとうほ)として重要であることを指摘しました。
  • また、プロジェクトを技術の面から支えるATCは、社会実装プログラムにより、新しい形態に脱皮し、技術の臨界質量に達するように規模の増大を目指すべきであること、それが技術面でも財政面でも天文学に新たな貢献をもたらすこと、ビッグデータをアーカイブするADCは、アストロインフォマティクスの研究センターとして(その定義付けはこれからですが)、新たな発展を期待していること。

を述べました。

先に、コミュニケーション不全についての反省を述べましたが、私の宇宙開発での経験では、プロジェクトの行き詰まり、大きな技術的不具合や、失敗の根源をたどると、しばしば、人間関係や組織・体制の問題に行き当たると言っても過言ではありません。

昨年も世界で大きな戦争が続き、国際協調や国際協力の重要性を改めて感じた一年でした。天文学の分野では、世界で1台の最先端の観測施設を国際協力によって建設することは常態化していますし、宇宙開発プロジェクトもそのほとんどが国際協力で行われている現在、国立天文台のさらなる国際化は必須といってもいいでしょう。台内のみならず、国際的なプロジェクトにおけるコミュニケーションも重要となっています。

私が若いころは、新しいプロジェクトのアイデアは、井戸端話から始まった感があります。大きな組織でも小さなグループでも、人と人が会話する、声をかけあうことの重要性を申し上げたいと思います。昨年11月には、「NAOJ Future Planning Symposium 2023(2023年度 国立天文台の将来シンポジウム)」が盛況のうちに開催され、日本の天文学コミュニティの総意を持って次の計画を策定するためにはどのような方法を取るべきか、といった議論が活発に行われました。国立天文台内外の人たちが話し合いと会話による理解を深め、国内外の人々が協力して、天文学と関連分野がさらに発展してくことを願っています。

2024年1月5日
国立天文台長 常田佐久

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