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2022年を迎えて—国立天文台長 新年のご挨拶—

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威は今だ世界を席巻(せっけん)していますが、日本では、徐々に日常を取り戻しつつあるようです。しかし、職員の皆様にとっては、感染防止対策を行いながら研究活動・望遠鏡運用を行うという、困難な状況が続いています。2022年が、人類がCOVID-19を克服する年になることを願っています。

この状況下でも、天文学の果実や宇宙の話題を広く社会に届ける活動が継続しています。2021年5月26日には皆既月食のライブ配信を行い、総再生数が200万を超える大盛況となりました。また、全国の小中学校に赴いて授業を行う「ふれあい天文学」事業では、感染防止のためのリモート授業も一昨年から一部で実施しており、海外の日本人学校等での授業も実現しました。先日、近隣の小学校・中学校3校の校長先生とお話する機会があったのですが、「ふれあい天文学」への評価と期待が非常に高いことを実感しました。この事業は一般の方からの寄付によって支えられていることも重要です。ここに改めて、台内外の関係者の皆様に感謝申し上げます。

国際天文学連合(IAU)の国際普及室(IAU Office for Astronomy Outreach、IAU OAO)は、これまでの活動成果がIAUに高く評価され、昨年4月、IAUとの新たな協定の締結に結実しました。今年はOAOが創設10周年を迎えます。新協定のもとでの更なる活躍を期待しています。

さて、Thirty Meter Telescope(TMT)計画ですが、2021年には実現に向けた重要な進展がありました。昨年11月に、米国国立科学アカデミーが実施する「天文学および宇宙物理学に関する10カ年調査」(Decadal Survey on Astronomy and Astrophysics、Astro2020)の結果が公開され、TMTを含むUS-ELT(Extremely Large Telescope)プログラムが地上望遠鏡の最優先計画となったことは、今後に向けた大きな一歩です。11月には有識者による国際レビューも実施され、TMTの完成度について高い評価をいただくことができました。これには、国立天文台カリフォルニア事務所や、三鷹・ハワイの職員による貢献も大きく、国立天文台のプレゼンスも着実に上がっていると言えます。

TMT国際天文台(TIO)のプロジェクトマネージャとTMTプロジェクト長がヒロに赴任し、現地に居る国立天文台職員と共に、建設に反対する人々も含め延べ200名超の地元関係者との少人数会合等を行ってきました。現地工事を再開するには、地元に根ざした活動が決定的に重要で、すばる望遠鏡の実績がある国立天文台の役割はますます重大となっています。TMTの実現は、天文学分野だけでなく日本の学術の発展にとっても極めて重要です。私は、TMTは実現できると考えていますし、TMTを未完のまま終了させるというオプションはありません。TMTを実現するためには、台内のみならず日本の天文学コミュニティ、ひいてはより広い日本の学術コミュニティが、TMT建設をあきらめないで“ONE VOICE”でいることが、最も大事です。

技術的難易度の高い30メートル望遠鏡本体の設計は完了しており、分割鏡のかなりの部分が製造済みであり、仕上げ加工についても技術実証が進んでいます。これら日本担当部分の技術的完成度が高いことが、TMT全体の強みとなっています。国内メーカー各社には、引き続きTMT計画への全面協力の意志を示していただいており、たいへんありがたいことと思っています。

文部科学省のご尽力により、2022年度も学術研究の大型プロジェクトとしてTMTの予算を確保できました。コミュニティの強い意志と日本の強みを背景に、世界の適地に必ず大望遠鏡を建設する覚悟です。

ハワイ観測所では、職員各位のご尽力により、感染防止策と望遠鏡維持・保守および共同利用観測とのバランスを取りながら、すばる望遠鏡の運用を進めています。特筆すべきは、超広視野主焦点カメラHSCを用いた330夜にわたる大規模サーベイ観測「HSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)」が、遂に完了したことです。HSC-SSPは、すでに数多くの科学成果を挙げていますが、ますます優れた研究成果が生み出されるものと期待しています。

自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンターが中心となっている近赤外線ドップラー分光器IRDを用いた戦略枠観測プログラムも3年目に入り、地球型太陽系外惑星を複数発見するに至っています。また、極限補償光学装置SCExAOを用いて、太陽系外惑星や惑星形成現場の高解像度観測も、精力的に続けられています。

ハワイ観測所は、すばる望遠鏡の次期計画として「すばる2」計画を打ち出しましたが、文部科学省科学技術・学術審議会から、すばる2計画は非常に高い評価を受け、2022年度から「大型学術フロンティア促進事業」の支援を受けることになりました。すばる2計画の主軸となる超広視野多天体分光器PFSの開発は、COVID-19の影響を受けつつも、東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)をはじめとする関係機関の多大な努力によって、順調に進められています。2021年11月には、最初のオンスカイ試験観測に成功し、2023年の科学運用開始を目指して試験・調整が続きます。関係者のこれまでのご努力をねぎらうと同時に、Kavli IPMUと国立天文台の協力関係がさらに進化することを期待します。

文部科学省のご配慮により、すばる2を支えるもう一つの柱である広視野高解像赤外線観測装置ULTIMATEの心臓部である地表層補償光学装置GLAOの開発が、遂に本格的な製造過程に入ります。2018年度より措置されている多額の老朽化等対策予算により、少し疲れの見えるすばるがピカピカのすばるに生まれ変わり、更なる成果の創出につながることを期待しています。

ここで一つ、たいへん悲しい出来事に触れておかなくてはなりません。2021年5月に、PFSプロジェクト長として海外他機関からのPFSの受け入れに奮闘してこられた、高遠徳尚(たかとお なるひさ)教授が逝去されました。PFSの完成のため身を削って努力されていた高遠教授が、その途半ばで異国の地で病に倒れられたことは、まさに無念としか言いようがありません。高遠教授のこれまでの国立天文台、そして天文学へのご貢献に深く感謝するとともに、そのご冥福をお祈りいたします。

アルマ望遠鏡は2011年9月30日に初期科学運用を開始してから10年を迎え、2021年も引き続き多彩な科学成果を生み出しました。望遠鏡の運用は、チリでのCOVID-19の拡大を受けて2020年3月から停止していましたが、1年後の2021年3月に科学観測を再開することができました。これはチリ観測所の職員をはじめとする関係者の多大な尽力によるものです。台湾との協力で開発してきた最も低い周波数帯のバンド1受信機は、2021年8月に2台のアンテナを用いたファーストライトに成功しました。また、韓国との協力によるアタカマ・コンパクト・アレイ(ACA、モリタアレイ)用分光計も、実装へ向けた準備が進んでいます。

今年は、すばる2に並んで「アルマ2」計画を軌道に乗せる年です。文部科学省科学技術・学術審議会からは高い評価を受けており、先端技術センターはすでに大阪府立大学と協力して、世界に先駆けて広帯域受信機の開発、試験観測に成功し、アルマ2で最重点開発項目の一つとして取り上げられている広帯域受信機の実用化に先鞭をつけるという幸先の良いスタートを切っています。2022年はアルマ2への確実な移行を目指します。また、アステ望遠鏡(ASTE)は、アンテナ障害の復旧のめどもつき、昨年末に導入されたアルマ2につながる広IF帯域バンド8受信機と新分光計による観測が楽しみです。

大型低温重力波望遠鏡KAGRAでは、2022年12月に開始予定の第4期国際共同観測(O4)へ向けて装置の改修を行いました。三鷹キャンパス内に新たに設置されたKAGRA三鷹コントロールルームも活用し、担当部分の改良等を行い、主干渉計の調整にも貢献しています。O4では第3期国際共同観測(O3)より高い感度を実現し、重力波の初検出に挑むことを期待しています。

また、三鷹にある干渉計型重力波アンテナTAMA300では、周波数依存スクイージングという重力波望遠鏡の感度を向上させる量子光学技術開発を継続し、KAGRAへ導入する検討も始まっています。さらに、KAGRAのサファイア鏡を高性能化させる研究も進め、どちらも第5期国際共同観測での導入を目指しています。国立天文台は引き続き、KAGRA計画を強く支援していく所存です。

野辺山宇宙電波観測所は、この3月に開所40周年を迎えますが、40年たった今も新しい受信機の開発などでさらに性能を向上させています。この3月で現在の共同利用は終了しますが、4月からは新しい形態での科学運用が行われます。水沢VLBI観測所はこの3月でVERAによる位置天文観測が終了します。今年度は小笠原観測局の老朽化対策を行うことができ、今年からは、さらに高分解能の観測が可能な東アジアVLBI観測網へ展開していくことを願っています。地元の応援も多くいただいている水沢VLBI観測所ですが、なかでも、昨年締結した岩手日報社との連携協定の成果を楽しみにしています。

RISE月惑星探査プロジェクトが大きく貢献した「はやぶさ2」が持ち帰った土壌の初期分析から、成果が出始めています。今年、その全貌が明らかになるのがたいへん楽しみです。またRISEは、火星衛星探査計画MMXでのサンプルリターンの降下・着陸・上昇のため、衛星フォボスのモデル作りも進めています。MMXの打ち上げが2024年と迫っており、活躍を期待しています。

赤外線による超高精度位置天文観測を世界で初めて行うとともに地球型の太陽系外惑星探査も行うJASMINE計画と、ひので衛星の成果を発展させる次期太陽観測衛星Solar-C(EUVST)計画は、それぞれ、2028年、2027年の打上げが設定され、準備作業が本格化します。NASA観測ロケットによる紫外線偏光分光観測を行う太陽観測ロケット実験CLASPのシリーズは、2021年に3度目のフライトを成功させました。2022年には国立天文台が近赤外線偏光分光装置を提供する大型国際気球実験SUNRISE-3のフライトが迫っています。これらの飛翔体観測の技術開発が、2030年代に国立天文台のスペース天文観測の大きな流れになっていくことを期待しています。

設立から3年目に入った天文情報センターの周波数資源保護室の認知度も高まり、電波天文観測の保護や光害の防止や軽減対応についてIAUや国際電気通信連合(ITU)等と連携しつつ、活動をしています。米国SpaceX社のStarlink衛星の可視光線から近赤外線域での観測が石垣島天文台をはじめ光・赤外線天文学大学間連携事業(OISTER)により継続的に行われ、各衛星事業者による光害軽減対策に貢献することを願っています。

天文データセンターのJVO(Japanese Virtual Observatory)には、2021年中、非常の多くのアクセスとダウンロードがあり、1TBを超えるアルマ望遠鏡観測で得たFITSデータを扱える世界で唯一の可視化システムを構築するなど、アルマやすばるのデータ公開で活躍しています。

先端技術センター(ATC)では、最先端の機械加工設備として本格的に運用を開始した5軸マシニングセンターおよび金属3次元プリンターの連携加工により製造したアルマ望遠鏡バンド1受信機搭載用コルゲートホーンが、量産に入ろうとしています。これは、3次元プリンター製品の天文学における最初の本格的な活用事例かもしれません。また、情報通信研究機構(NICT)と連携して、Beyond 5G/6G関連技術や超伝導量子技術等への貢献も本格化します。2022年は、昨年実施したATCの組織改編が浸透し、国際的な先端的観測装置開発の拠点化を目指して、地上と衛星の両方で貢献することを願っています。

科学研究部も発足から3年を迎えようとしています。当初の狙いであった理論研究と観測研究の融合、多波長天文学、マルチメッセンジャー天文学なども着実に進み、成果を挙げています。天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」は、全国の研究者に活用され、継続して大きな成果を生み出しています。また、3年目を迎える検討グループである、超大型電波望遠鏡SKA1と次世代大型電波干渉計ngVLAが、それぞれ次のステージに向かうべく活動しています。

東京工業大学により運用されている岡山の188センチメートル望遠鏡では、太陽系外惑星が新たにドップラー法で8つ、トランジット法で5つが確認されるなど、COVID-19の影響をものともせず探索が進められています。京都大学岡山天文台の口径3.8メートルせいめい望遠鏡による観測も、関係者の努力により中断なく継続されており、国立天文台が行っている共同利用も順調に進展しています。国内の各大学が所有する中小口径望遠鏡を用いた連携観測を行う事業OISTERおよび国内VLBIネットワーク事業(JVN)が研究・教育に活躍しています。

産業連携室は、徐々に活動範囲を広げ、学術相談、産業界との共同開発、オンライン展示会への参加などを進めています。天文学で培われた先端技術の重要性を認知してもらうためにも産業連携室の活動は重要であり、今後の発展に期待したいところです。

国立天文台コミュニティ間意思疎通推進委員会の提言については、指摘された個別事項に共通する課題として、台長・執行部による決定の背景(予算等をとりまく状況)の説明が不足していたこと、新しい施策が与える当事者への影響についての配慮や思いやりの不足、大事に至る前に天文学コミュニティ等から警告の信号が出ていたにも関わらずそれを取り上げ対応していくことができなかった感度と柔軟性の不足があると考えております。台長として、痛恨の極みであり深く反省しています。

天文学研究者コミュニティとの意思疎通を促進し、大学共同利用機関として開かれた運用を目指すため、改善を進めています。このために、幹事会議等からの助言も得つつ、意思疎通委員会の提言のみならず課題として指摘された事項を抽出し、具体的な改善のための提案を、運営会議に諮っています。運営会議で審議・了解いただいた事項については、速やかに実施しているところです。

最後になりますが、天文学分野では、2010年に対する2020年の日本の論文数の増加率が世界平均を上回っており、2020年における日本の論文数の世界シェアは自然科学全体で第1位となっています。さらに、国立大学法人評価委員会等の高い評価、2022年度政府予算案(補正予算を含む)における3大プロジェクトの大幅増額など、国立天文台の実績と将来に対する評価はたいへん高いものがあります。これは、これまでコミュニティと職員の皆様が綿々と努力されてきた結果であります。昨年12月には「国立天文台の将来シンポジウム」が盛況のうちに行われました。ややもすれば閉塞感の漂う日本の現状ですが、天文学の発展に向けて、今年も、職員の皆様、コミュニティの皆様と共に働きたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

2022年1月5日
国立天文台長 常田佐久

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