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メーザー
天体が放つ光を、その成分(波長)ごとに分解したものを「スペクトル」と呼びます。スペクトルは、天体の温度や成分、運動状態などを知るための重要な「指紋」のようなもので、主に「連続スペクトル」と「輝線スペクトル」に分けられます。
連続スペクトル
虹のように、光が幅広い波長にわたって途切れなくつながって見えるのが「連続スペクトル」です。
この代表的なものは、「熱放射」という仕組みによって生まれます。物質を構成する粒子は、その温度に応じて激しく運動しており、この熱運動のエネルギーが電磁波として放出されます。身近な例では、ストーブが赤熱して光るのがこれにあたります。太陽や多くの恒星が放つ光も、主にこの熱放射によるものです。連続スペクトルは、そのピークの波長や全体の明るさから、天体の温度を正確に知ることができます。
輝線スペクトル
連続スペクトルとは対照的に、とびとびの特定の波長だけが、明るい線として現れるのが「輝線スペクトル」です。
これは、原子や分子が、あるエネルギー状態(エネルギー準位)から、より低いエネルギー準位へ移る際に、そのエネルギー差に相当する特定の波長の光を放出することで生まれます。夏の夜空を彩る花火も、この仕組みを利用して鮮やかな色彩を生み出します。通常、ガス雲などの中にある粒子の集団は熱平衡状態にあり、エネルギーの高い準位にある粒子は、低い準位にある粒子よりも常に少なくなっています。
メーザー
輝線スペクトルの中でも、極めて特殊な物理状態で生まれるのがメーザー (maser) 放射です。
メーザーとは、Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation(誘導放射によるマイクロ波増幅)の頭文字を取った言葉です。
その仕組みは「誘導放射」という現象に基づいています。高いエネルギー準位にある粒子に、ちょうど準位間のエネルギー差と同じエネルギーを持つマイクロ波がやってくると、それが引き金となって低い準位に落ち、やってきたマイクロ波と全く同じ波長のマイクロ波を新たに放出します。
メーザーが起きる天体では、通常とは逆の「反転分布」という状態が実現しています。これは、低いエネルギー準位にある粒子の数よりも、高いエネルギー準位にある粒子の数の方が多くなる、極めて特殊な非平衡状態です。この状態で一度「誘導放射」が起きると、放出されたマイクロ波が次々と近くの別の粒子の誘導放射を誘発します。この連鎖反応によって、特定の波長のマイクロ波が雪崩のように増幅され、極めて強力な光線となって一方向に放射されるのです。
このようにして生まれるメーザー放射は、自然界で発生する「宇宙のレーザー(マイクロ波版)」とも言える現象です。特定の波長だけが桁外れに強く輝くため、電波望遠鏡を使えば、遠い宇宙で起きていてもはっきりと観測することができます。
関連リンク
- メーザー(天文学辞典)
- 連続スペクトル(天文学辞典)
- 輝線スペクトル(天文学辞典)
- 熱放射(天文学辞典)
- 誘導放射(天文学辞典)
- エネルギー準位(天文学辞典)
- 巨大な赤ちゃん星を育てる渦巻き円盤(2023年2月28日)
- Maser Monitoring Organisation(英語)
公開日:2025年9月19日