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宇宙のインフレーション

生まれたての宇宙は、たいへん均一なものでした。専門的には一様等方と呼ばれます。しかし、その均一さはどのように実現できたのでしょう?
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)という電磁波は、生まれてから38万年の時点での宇宙が残した信号です。CMBの全天マップが、観測によって描き出されています。どんな方向を見ても、CMBはほとんど均一です。細かく言うと10万分の1ほどの小さい「ゆらぎ」があり、天文学者たちはそのゆらぎについて真剣に調べていますが、おしなべてCMBは均一であると言っても間違いではありません。CMBが均一であるということは、この時代の宇宙は、温度と密度が均一であったことを表しています。これは不思議なことです。なぜなら、この時代の宇宙では、ある場所が他の場所と情報交換できず、温度と密度を同じにすることができないからです。

CMBは約138億年前に宇宙空間を直進し始め、たった今、地球に届いています。たった今地球に届いているということは、例えば、ケンタウルス座の方向からやってくるCMBは、地球から見て反対方向にあるアンドロメダ座の方向からやってくるCMBとは、これまで一度も出会ったことがないはずです。でも、どちらのCMBも同じ強さです。つまり、当時の宇宙は、どこもかしこも同じ温度で同じ密度だったのです。

昔の宇宙は現在に比べてずっと小さかったのですが、それだけでは問題は解決しません。CMBが直進し始めたタイミングで、ケンタウルス座方向のCMBを発している点からアンドロメダ座方向のCMBを発している点まで信号を送るのには数千万年が必要で、当時の宇宙の年齢である38万年よりも長くかかってしまいます。連絡する方法、すなわち温度と密度を合わせる方法がありません。ではなぜ温度や密度が同じになったのでしょうか。これは特定の方向だけの問題ではなく、あらゆる方向の問題です。
この問題は、宇宙がとても急激に膨張した時代が、CMBの放出のずっと前にあったと考えると、解決することができます。宇宙が誕生してから100億分の100億分の100億分の1億分の1秒よりも前、宇宙がごくごく狭かった時代があり、そのタイミングでは現在観測できる宇宙全体が情報交換して均一になることができるほどの大きさでした。その宇宙が突然に速く膨張し、それ以降はお互いがやりとりすることができなくなったのです。この急激な膨張は「インフレーション」と呼ばれています。インフレーションより前の宇宙はごくごく小さく、光の速さで温度と密度を合わせるだけの時間があり、その均一になったごくごく小さな領域が今観測できる宇宙全体よりも広い領域に一気に広がりました。その結果、均一な宇宙ができたのです。同時に約10万分の1の精度で不均一が生まれたのですが、そのムラが後の銀河を誕生させる種となりました。
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公開日:2025年5月19日