星間分子雲中を通過する超新星衝撃波の"速度計測"に成功

慶應義塾大学の指田朝郎と岡朋治らの研究チームは、わし座にある超新星残骸W44(太陽系からの距離は約1万光年)の衝撃波の膨張速度を精密に計測することに成功しました。研究チームは、2つの電波望遠鏡を用い、ミリ波・サブミリ波帯の高温・高密度分子ガスを観測しました。解析の結果、W44の衝撃波の膨張速度は12.9±0.2キロメートル毎秒であることがわかりました。また、超新星爆発によって星間物質へと(1-3)×1050erg(注)もの運動エネルギーが投入されたこともわかりました。太陽が1秒間あたりに放出するエネルギー、約3.6×1033ergと比較すると、いかに莫大なエネルギーかがわかります。

さらに、100キロメートル毎秒を超える局所的に極めて大きな速度を持つ分子ガスも検出されました。この超高速度成分の起源は、現在のところ全くわかっていません。

本研究成果は、8月20日発行の米国の天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal』に掲載される予定です。

(注) erg(エルグ):エネルギーの単位。

研究背景

恒星は、その質量に応じて異なった進化を辿り、やがては最期を迎えます。そして太陽の約8倍以上の質量をもつ恒星は、その寿命が尽きるとき超新星爆発を起こして膨大なエネルギーを放出します。 超新星爆発による衝撃波は、周囲にある星間物質の組成・物理状態に甚大な影響を及ぼしながら膨張し、星間空間に運動エネルギーを供給して行きます。この過程は、星間雲内部の乱流状態を維持する主要な原因と考えられています。また、爆発的な勢いで星形成が起こっている銀河では、しばしば大量のガスが吹き出す「銀河風」 が観測されます。このエネルギー源も、多数の超新星爆発と考えられています。

このように、超新星爆発は星間空間や銀河への多大な影響を及ぼしますが、観測に基づいた高密度星間雲中における超新星衝撃波の膨張速度および運動エネルギーを観測に基づき定量的に調べた研究はこれまで行われていませんでした。これは、従来の観測装置では広い領域をカバーするためには長い観測時間が必要であったことと、それによって超新星衝撃波の影響を受けた星間ガスのうち、希薄かつ空間的に広がった成分の存在が認識されていなかった事によります。そのため、超新星衝撃波の影響を受けた星間ガスに対する観測は空間的に狭い領域に限られていました。

研究成果

研究チームは、超新星爆発の残骸W44とそれに隣接する巨大分子雲の相互作用を調べる目的で、主に電波望遠鏡を用いた観測研究を1990年代後半から続けていました。W44は太陽系から約1万光年の距離にある超新星残骸で、年齢は(0.65-2.5)万年程度、約30万太陽質量の巨大分子雲が付随しています。観測開始当初から、W44分子雲のところどころに速度幅の広い分子スペクトル線が検出されており、超新星衝撃波の通過により加速されたガスと解釈されてきました。

今回研究チームは、国立天文台野辺山45メートル電波望遠鏡および10メートルのASTE(Atacama Submillimeter Telescope Experiment, アタカマサブミリ波望遠鏡実験)望遠鏡で、W44全面の高感度イメージング観測を行いました。いずれの望遠鏡もOn-the-fly観測モードが装備されており、広い範囲を効率的にイメージする事ができます。観測したスペクトル線は、高密度領域から 放射されるホルミルイオン(HCO+)J=1-0回転遷移輝線(89.1885GHz)と、高温領域から放射される 一酸化炭素(CO)J=3-2回転遷移輝線(345.795GHz)でした。

観測の結果、天球面上でW44と分子雲が重なる領域全域において速度幅の広いスペクトル線が検出されました。これらのスペクトル線の速度重心を計算し、その空間分布を調べたところ、W44の中心から縁にかけて明確な速度勾配が見出されました。これはショックガス(衝撃波の影響を受けた分子ガス)の膨張運動と考えられます。回転楕円体の一様膨張モデルでフィットしたところ、12.9±0.2キロメートル毎秒の膨張速度が得られました。ショックガスの質量は、スペクトル線強度から(1.2±0.6)万太陽質量と評価されます。

これらの値と、幅の増加に伴うエネルギー増分、そして中性水素原子ガスに渡されたエネルギーを加えて、超新星残骸から星間物質に渡された運動エネルギー総量は(1-3)×1050erg と評価されました。この値は超新星爆発の総エネルギー(1051erg)の10%から30%に相当し、過去に行われた理論計算による予測値(10%程度)とほぼ一致していました。

これに加えて、100キロメートル毎秒を超える局所的に極めて大きな速度を持つ分子ガス成分も検出されました。この分子ガスはW44分子雲の中心速度から連続的に続いています。100キロメートル毎秒を超える速度とは、水素分子が解離されない衝撃波(注)速度の限界(50キロメートル毎秒)を大きく上回っています。いわば「速度超過違反」です。この超高速度成分が検出された位置には、スポット状の電波連続波源と水素分子振動輝線放射源が検出されており、局所的に特に強い衝撃波が存在する事を示しています。

この超高速度成分の起源は現在のところ全く謎です。研究チームでは、この謎の成分の正体を突き止めるため、さらなる観測計画を進めています。

(注) 分子が解離されない衝撃波:星間雲中を伝搬する衝撃波は、通過の際に水素分子の解離を伴う解離性衝撃波(dissociative J-type shock)と、解離を伴わない非解離性衝撃波(non-dissociative C-type shock)に分類されます。理論計算によれば、その境界となる衝撃波速度は約50キロメートル毎秒であり、これを超えると解離性衝撃波となります。

本研究成果の意義

今回の研究によって、高温・高密度分子ガスの高感度な観測から、超新星衝撃波の影響を受けた分子ガス成分の分布・運動を理解するためには、広範囲にわたる観測が不可欠だということがわかりました。このような観測から、高密度星間雲中の超新星衝撃波の膨張速度が計測されるとともに、超新星爆発が星間物質に与える運動エネルギーを見積もることができます。

本研究を進め、多数の超新星周辺のショックガスを観測することで、超新星衝撃波の理論モデルとの比較が可能になります。つまり、これまで盲目的に採用されてきた超新星爆発の運動エネルギー変換効率(約10%)の妥当性を検討し、さらには超新星爆発の総エネルギーを直接測定する可能性が開かれた事になります。また同手法により、今回の「超高速度成分」のような予想外の発見も今後さらに期待され、未知の天体研究の端緒が開かれたと言えます。

超新星残骸W44方向の電波イメージ。(a) HCO+J=1-0回転スペクトル線強度、(b) COJ=3-2回転スペクトル線強度、(c) COJ=1-0回転スペクトル線強度、(d) 1.4GHz電波連続波強度。赤十字は「超高速度成分」が検出された位置を示す。
超新星残骸の中心からの距離と、スペクトル線のドップラー偏移から計算した視線方向速度の関係。(a) はHCO+J=1-0スペクトル線、(b)はCOJ=3-2スペクトル線、赤実線はモデルフィット結果を表す。
「超高速度成分」の(a)空間構造、(b)位置-速度図、および(c)中心方向のCOJ=3-2輝線スペクトル。
分子雲中を伝搬するW44衝撃波のイメージ図。(大きなサイズ(1.7MB)

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