「岡山天体物理観測所 全史」巻頭言

林正彦(第5代 国立天文台長)

岡山天体物理観測所は、2018年3月末をもって国立天文台の「プロジェクト」としての位置づけを廃止することとなりました。これは、188cm望遠鏡を中心とした全国大学等の研究者に対する共同利用事業を終了することを意味します。国立天文台が岡山天体物理観測所で行ってきた共同利用は、まもなく隣に完成する京都大学3.8m望遠鏡へと引き継がれます。既存の188cm望遠鏡等は完全に閉鎖されるわけではなく、大学等の研究者による専用望遠鏡として、これまで以上に有効に活用される見込みです。

岡山天体物理観測所は、1960年に当時の東京大学東京天文台の施設として発足しました。それ以来58年間、多くの職員の努力と、地元自治体からの強いご支援により、今日まで運営を続けてくることができました。この観測所で培われた経験はすばる望遠鏡へと引き継がれ、日本の光学赤外線天文学が世界の第一線に並ぶために大きな役割を果たしました。

この間、1988年に東京天文台が他の2機関とともに改組し、文部省の国立大学共同利用機関(当時)として国立天文台が発足しました。当時、日本の地上天文学が国立天文台のモノポリーになるのではないかと、改組を危惧する声がありました。この不安は払拭されたと私は思っています。

その理由は、ひとつには改組後に国立天文台が最初に進めた大型計画「すばる望遠鏡」が、大成功したことです。特に重要なことは、これが「共同利用」としての成功を意味しており、大学の研究者等がすばる望遠鏡を利用して、世界が注目する成果を数多く出せるようになったことです。

ふたつめには、すばる望遠鏡による研究をさらに発展させ、またこれと相補的でユニークな研究を進めようと、多くの大学が新たな望遠鏡計画を立案し、実現させたことです。名古屋大学では、南アフリカで1.4m望遠鏡 (IRSF) が、またニュージーランドで1.8m望遠鏡 (MOA-II) が活躍しています。東京大学では、チリで標高5600mのチャナントール山頂に6.5m望遠鏡 (TAO) を建設中です。また京都大学は、岡山天体物理観測所の隣に、日本で初めてのセグメント鏡となる3.8m望遠鏡を建設しています。これらを見ると、大学が海外の最適地に望遠鏡を建設することに、もはや抵抗は無くなったように見受けられます。

このように、国立天文台がひとつの大学では実現不可能な大型計画を推進して、共同利用を通してトップレベルの研究成果が挙げられる機会をコミュニティに提供し、また同時に大学がそれぞれの特徴を活かした望遠鏡を実現して独自の研究を進め、天文学の裾野を広げています。この状態は、モノポリーどころか、大学と大学共同利用機関の理想的な関係のように思われます。

国立天文台のこのような役割を考えれば、もはや大型ではない岡山天体物理観測所の望遠鏡は、共同利用の使命を果たし終えたと言えます。岡山における国立天文台の新たな役割は、京都大学の推進する3.8m望遠鏡を支援し、これによる共同利用を実施することでしょう。国立天文台のプロジェクトとしての岡山天体物理観測所を終了するのは、そのためです。

既存の望遠鏡の今後ですが、今までのような共同利用サービスは無くなります。しかし、今後はセルフサービスの望遠鏡として、大学等の研究者に好きなだけ活用してもらえると思っています。たとえば、188cm望遠鏡による系外惑星観測を推進するため、東京工業大学には系外惑星観測研究センターが発足しました。188cm望遠鏡は、これまでも系外惑星の観測に有効に活用されて来ました。今後はさらにその強みを生かした観測が続けられるものと期待しています。また、自治体等と協力した観望会なども開催して行きたいと思います。

今後とも、岡山の望遠鏡群の活躍にご期待下さい。