自然科学研究機構 国立天文台

No.349: 宇宙にも負イオン

 最近の研究で、宇宙にはあまりないと考えられてきた負の電荷をもつイオン
(負イオンまたは陰イオンと呼ぶ) の存在が確かめられつつあります。これに
は国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡による発見も大き
く貢献しています。
 そもそも、負イオンの存在が疑われたのは、今から10年以上も前でした。川
口建太郎 (かわぐちけんたろう) 現・岡山大学教授らが、45メートル電波望遠
鏡を用いて IRC +10216 という赤外線星を観測したところ、未知の直線状分子
によると思われる電波を発見しました。これらの電波は、その特性から B1377
と命名されました。それまで知られていた C_6H や、C_5N に関係する分子で
はないか、と疑われたのですが、正体はよくわかりませんでした。
 1996年、当時東京都立大学の大学院生だった青木孝造 (あおきこうぞう) さ
んは、生田茂 (いくたしげる) 教授と共に量子化学計算を行い、この未知の
B1377が、直線状分子 C_6H の負イオンである C_6H^- であることを見出しま
した。しかし、当時は負イオンが放つ電波は宇宙ではひとつも検出されていま
せんでした。通常の星間分子雲の中で、最も電波が強い正イオンは HCO^+ と
いうものですが、問題の恒星 IRC +10216 では、この正イオンさえも非常に弱
いため、負イオンがそれより多く存在しているとは考えられませんでした。そ
のため、天文学雑誌には論文としては掲載されず、紆余曲折の末、欧州の化学
系論文誌である「Chemical Physics Letters」に2000年になって掲載されまし
た。
 ところが、この負イオンの存在を後押しする研究が続々と現れてきました。
スイスのバーゼル大学の M.Tulej らは、炭素原子7つからなる負イオン C_7^-
の実験室スペクトルを測定し、それらが星間空間で観測される可視光領域の吸
収線に一致していることを見いだしました。この研究そのものは、観測データ
の比較において誤りがあり、その仮説は消えましたが、多くの研究者の関心を
負イオンに引き付けたという意味では、たいへん大きな役割を果たしました。
それに誘発されて、イギリスのマンチェスター大学の T.J.Millar らは、こう
いった恒星周辺部での新しい化学反応モデル計算を行い、炭素と水素の組み合
わせによる負イオンの存在量が高くなるという驚くべき結果を示しました。
 さらに、昨年になって、ハーバード大学の M.C.McCarthy らは、実験室で
C_6H^- の電波の検出に成功し、それが B1377 と一致することを示しただけで
なく、おうし座の星間分子雲でも検出したことを報告しました。ついに B1377
が負イオン C_6H^- によるものであることが証明されたわけです。
 今年になって、負イオン C_4H^-、C_8H^- が検出され、C_6H^- は原始星に
も存在することがわかってきました。
 負イオンは宇宙にも存在し、10年の歳月を経て証明されてきたというこの一
連のドラマは、12月7日と8日に東京大学で開催される野辺山ワークショップ「
CCS分子発見 20周年記念 炭素鎖に関するワークショップ (NRO Workshopon 
Carbon-Chain Chemistry, 20th Anniversary of CCS) 」において、B1377 の
発見者である川口教授により、「負イオンの天文観測 (Astronomical 
Observations of Negative Ions) 」という題で、最近の研究成果も含めて発
表されることになっています。
 注:文中の「C_6H^-」という記述の「_6」部分は、「6」が下付文字である
ことを表しています。また、「^-」は負イオンを表す上付文字です。
 ※この記事は、青木孝造さん、および川口建太郎さんよりよりいただいた情
報を元に作成しました。
 
参照:
 "A Spectral-Line Survey Observation of IRC +10216 between 28 and 
50GHz" 
  Kawaguchi K., et al., 1995, PASJ 47, 853

 "Candidates for U-lines at 1377 and 1394 MHz in IRC +10216: ab 
initio molecular orbital study" 
  Aoki K., 2000, Chem. Phys. Lett. 323, 55

 "Gas-Phase Electronic Transitions of Carbon Chain Anions Coinciding 
with Diffuse Interstellar Bands" 
  Tulej M., et al., 1998, ApJ 506, L69

 "Large molecules in the envelope surrounding IRC +10216" 
   Millar T. J., Herbst E., Bettens R. P. A., 2000, MNRAS 316, 195

 "Laboratory and Astronomical Identification of the Negative 
Molecular Ion C_6H^-"
  McCarthy M. C., et al., 2006, ApJ 652, L141

 "Astronomical detection of C_4H^-, the second interstellar anion"
  Cernicharo J., et al., 2007, A&A 467, L37

 "Detection of the Carbon Chain Negative Ion C_8H^- in TMC-1"
  Brueken S., et al., 2007, ApJ 664, L43

 "Detection of C_8H^- and Comparison with C_8H toward IRC +10216"
  Remijan A. J., et al., 2007, ApJ 664, L47

 "Detection of C_6H^- toward the Low-mass Protostar IRAS 04368+2557 
in L1527"
  Sakai N., et al., 2007, ApJ 667, L65
 
      2007年12月7日            国立天文台・広報室

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