慶應義塾大学の岡朋治(おか ともはる)准教授らの研究チームは、いて座方向、太陽系から約3万光年の距離にある天の川銀河の中心部において、巨大ブラックホールを形成、そして成長させる「種」となる中質量ブラックホール候補を発見しました。
岡氏らの研究グループは、電波望遠鏡を用いた観測によって、天の川銀河の中心部に、「温かく濃い(絶対温度50度以上、1立方cmあたりの水素分子密度1万個以上)」分子ガス塊を4つ発見しました。そのうち3つの分子ガス塊は膨張しています。そして、その膨張は超新星爆発によって引き起こされたことが本研究により示唆されています。大きいものでは、超新星200個分に相当する爆発が分子ガス塊の中で起こったと見積もられます。一方で、ガス塊の年齢は6万年程度でした。したがって、ガス塊には、天の川銀河の中で発見された最も巨大な星団と同程度の質量(太陽の10万倍以上)の巨大な星団が埋もれていると推測されます。
このような巨大星団の内部では、中質量ブラックホールが生成すると考えられています。銀河系中心付近で誕生した中質量ブラックホールは、やがて、銀河系中心核の巨大ブラックホールを形成・成長させるのです。
多くの銀河では中心核付近の小さな領域に大量の分子ガスが存在しています。高密度に集まった分子ガスは、星形成を起こすだけではありません。銀河中心核の活動に密接に関係していると考えられています。したがって、銀河中心での分子ガスの物理状態や化学的性質を観測的に調べることが重要なのです。詳細な観測データを得るには、我々の太陽系がある天の川銀河の中心部を調べるのが最適です。
研究チームは、天の川銀河の中心を含む数度の領域について、一酸化炭素分子が放つ波長0.87mmの輝線をサーベイ観測しました。観測には、南米チリのアタカマ砂漠(標高4800m)に設置された直径10mのアステ望遠鏡が用いられました。観測は2005年から2010年までの長期に渡り、合計250時間以上が費やされました。
研究チームはこの観測データを、過去に野辺山45m望遠鏡(注1)で取得した同領域の一酸化炭素分子ガスが放つ波長2.6mmの輝線データと比較しました。一酸化炭素分子が放つ輝線で、波長が異なる輝線強度を比較すると分子ガスの温度や密度を推定することができます。
このようにして、天の川銀河中心部における温度50K以上、水素分子密度1万個/立方cm以上の『暖かく濃密な』分子ガスの詳細な分布を描き出すことに初めて成功しました。
図1. 一酸化炭素分子が放つ波長0.87mmの電波強度で見た、天の川銀河中心部方向の分子ガスの空間分布。黒い十字は天の川銀河の中心核「いて座A*」の位置。
図2. 天の川銀河中心部にある「暖かく濃密なガス」の空間分布(上図)と速度分布(下図)。
分子ガス全体の分布は薄い白色で示されている。「暖かく濃密なガス」は4つの領域に局在し、それらは全て高速で運動していることが分かる。
「結果は驚くべきものでした。」と研究チームのリーダーである岡氏は語ります。この領域の『温かく濃密な』分子ガスは4つの塊(Sgr A、L=+1.3°、L=-0.4°、L=-1.2°)に集中していました。さらに、これら4つのガス塊は全て毎秒100km以上という極めて速い速度で運動していることがわかりました。そのうち一つ (Sgr A) は天の川銀河の中心核『いて座A*』を含むものです。「残る三つのガス塊は我々が初めて見つけた天体です。」と岡氏は続けます。
「『いて座A*』の位置には太陽の約400万倍の質量を持つ巨大ブラックホールがあると考えられています。したがって、Sgr Aのガス塊はブラックホールの周りを高速で回転する半径25光年の円盤状構造であると推測されます。」 一方で残る3つには、回転ではなく膨張運動の痕跡が見られました。このことは、L=+1.3°、L=-0.4°、L=-1.2°の3つの分子ガス塊が、それらの中で起こった超新星爆発によって形成された構造であることを意味します。
最も膨張エネルギーの大きな分子ガス塊はL=+1.3°です。その膨張するエネルギーは超新星爆発200回分に相当します。分子ガス塊の年齢は約6万年と見積もられています。従って、エネルギー源が超新星爆発であるとすると、300年に一度の頻度で超新星爆発が起き続けた計算になります。膨張が超新星爆発に起因するかどうかを調べるために、研究チームは再び野辺山45m望遠鏡を使用して、この天体を構成する分子ガスの分布・運動と組成をより詳細に調べました。
「観測から、L=+1.3°のエネルギー源が多重の超新星爆発である事がはっきりしました。L=+1.3°内部に複数の膨張構造と衝撃波起源の分子を検出したのです。」と、岡氏は観測時の興奮を述べています。「L=+1.3°の観測に基づけば、同様の膨張運動を示すL=-0.4°、L=-1.2°についても、多重の超新星爆発が起源であると考えるのが自然です。」と岡氏は続けます。 超新星爆発は太陽の8-10倍以上の質量をもつ星が一生を終えるときの大爆発です。超新星爆発が300年に一度という高い頻度で起きるためには、多数の若く重い星が集まっていなくてはなりません。つまり大質量の『星団』があるということなのです。超新星爆発の頻度から見積もられたL=+1.3°に埋もれている星団の質量は太陽の10万倍以上。これは天の川銀河の中で発見された最も巨大な星団と同程度です。
このように大きな星団ですが、これまでの観測では発見されていません。「太陽系は銀河系円盤の外れにあり、天の川銀河の中心から約3万光年離れています。太陽系と銀河中心の間にある大量のガスと塵が、可視光線のみならず赤外線の透過をも阻んでいるためです。さらには、天の川銀河のバルジ部および円盤部にある無数の星も視線方向に重なります。そのため、どれだけ巨大であっても、天の川銀河の中心部にある星団を直接見ることは極めて難しいのです。」と岡氏は解説します。 「銀河の中心部にある巨大な星団には、銀河中心核の形成・成長に関わる重要な役割があります。」と岡氏は語ります。
理論計算によれば、星団中心の星の密度が高くなると、星同士が次々と合体します。そして太陽の数百倍の質量を持つ『中質量ブラックホール』が生成されることが予想されています。この中質量ブラックホールは、やがては星団とともに銀河中心へと沈降します。すると、星団や中質量ブラックホール同士がさらに合体を繰り返し、銀河中心に巨大なブラックホールを形成すると考えられます。あるいは既にある巨大ブラックホールの成長に寄与することもあり得ます。 天の川銀河の中心核、いて座A*にある巨大ブラックホールもまた、このような過程を繰り返して成長してきたものと考えられているのです。
つまり今回の発見は、中心核巨大ブラックホールの『種』となる中質量ブラックホールの『ゆりかご』を発見したと言えます。
図3. 今回発見された「塵に深く埋もれた巨大星団」のイメージ図。中心では中質量ブラックホールが生成されると考えられる。高解像度画像(JPG/6.9MB)
「我々は、星団中の中質量ブラックホールを観測したいと考えています。いえ、実は、すでに我々の観測データにその痕跡が見つかっているのです。」と岡氏は語ります。
今回発見されたガス塊のうちL=-0.4°には、極めて速い速度で動いている小さなガスの塊が二つ含まれています。これらの小さなガスの塊が回転運動をしていることが確認できれば、その中心には「見えない巨大な質量」がある事になります。この「見えない巨大な質量」こそが、星団の中心部に隠れた中質量ブラックホールである可能性があります。岡氏は、「中質量ブラックホールの存在を確認するために、私たちはさらなる観測を計画しています。今回の発見は、銀河中心核の巨大ブラックホール形成・成長メカニズムの解明という銀河物理学の最優先課題に迫る重要なステップなのです。」と今後の研究の発展に期待を寄せています。
本研究成果 は、下記三つの論文で発表された内容をまとめたものです。
(注1) 国立天文台野辺山宇宙電波観測所(長野県)の野辺山45m電波望遠鏡
Designed by CSS.Design Sample