盛岡暦

貴重書・

盛岡暦

「盛岡暦」は「田山暦」と併せて南部暦と言われています。

「田山暦」は、文字を知らない農民の耕作の助けになるように田山で作られた絵暦と伝えられます。「盛岡暦」は「田山暦」の影響を受けて文化年間(1804-1818年)に盛岡で作られた暦です。1870年(明治3年)に政府が許可を得ない者の暦の出版を禁じたため廃止されましたが、その後1884年(明治17年)に再興され、現在まで発行されていいます。

「盛岡暦」は現在も旧暦に基づいており、月の大小(30日の月、29日の月)は刀の大小で現れています。右の大きめの刀の下にあるすごろくの目が、大の月です。 洒落やとんちのきいた暦で、明治二十六年は、目(め)、柱(琴柱 ことじ)に濁点(じ)、二重升(にじゅう)にすごろくの6の目で表されています。それぞれの月を見ると、芥子(けし)のつぼみに濁点で「げし(夏至)」などはまだ分かりやすいですが、荷を奪う盗賊の絵で「にうばい(入梅)」、二百十日は銭二百文(にひゃく)、砥石(と)、蚊(か)と表すなど、読み解くことを楽しむ暦でもあります。