本文にジャンプ 国立天文台トップページ天文や天文台についての質問「よくある質問」目次

国立天文台

質問のこたえ

質問3-9) 七夕について教えて?

答え)

七夕(たなばた)伝説は、昔の中国で生まれました。

天空でいちばんえらい神様「天帝(てんてい)」には、「織女(しょくじょ)」という娘がいました。織女は神様たちの着物の布を織る仕事をしており、天の川のほとりで毎日熱心に機(はた)を織っていました。遊びもせず、恋人もいない織女をかわいそうに思った天帝は、天の川の対岸で牛を飼っているまじめな青年「牽牛(けんぎゅう)」を織女に引き合わせ、やがて二人は結婚しました。

結婚してからというもの、二人は毎日遊んで暮らしていました。織女が機を織らなくなったので、神様たちの着物はすりきれてぼろぼろになり、牽牛が牛の世話をしなくなったので、牛はやせ細り、病気になってしまいました。

これに怒った天帝は、二人を天の川の両岸に引き離してしまいました。しかし、二人は悲しみのあまり毎日泣き暮らし、仕事になりません。かわいそうに思った天帝は、二人が毎日まじめに働くなら、年に1度、7月7日の夜に会わせてやると約束しました。

これが、現在私たちがよく知っている七夕の伝説です。

日本では織女のことを「織り姫(おりひめ)」、牽牛のことを「彦星(ひこぼし)」と呼んでいます。織り姫はこと座の1等星・ベガで、彦星はわし座の1等星・アルタイルです。夜空の暗い場所では、2つの星の間に天の川が横たわっているようすを観察することができます。

七夕伝説によると、年に1度、7月7日の夜に会うことができる織り姫と彦星ですが、星が実際に移動することはありません。2つの星の間は、14.4光年ほど離れていて、これは、光のスピードでも約14年半かかってしまう距離です。つまり、2人が光のスピードで移動したとしても、1年に1回会うことは、とても無理なのです。

ベガとアルタイルとデネブが夏の大三角を形作っている図

(画像をクリックすると、大きな画像をご覧いただけます。)

もともと七夕の行事は、7月7日といっても現在使われている暦ではなく、旧暦など太陰太陽暦の7月7日に行われていました。これは、月齢およそ6の月が南西の空に輝く夏の夜になります。現在の暦での7月7日は、たいてい梅雨のさなかで、なかなか星も見られません。そこで国立天文台では2001年から「伝統的七夕」の日を広く報じていくことにしました。

太陰太陽暦は、明治6年に現在の暦が採用されるよりも前の暦で、現在は公には使われていません。このため、伝統的七夕の日は、太陰太陽暦による7月7日に近い日として、以下のように定義します。

二十四節気の処暑(しょしょ=太陽黄経が150度になる瞬間)を含む日かそれよりも前で、
処暑に最も近い朔(さく=新月)の瞬間を含む日から数えて7日目が「伝統的七夕」の日です。

 

2012年までの伝統的七夕の日は、下記の通りです。

2006年  7月31日 月曜日
2007年  8月19日 日曜日
2008年  8月07日 木曜日
2009年  8月26日 水曜日
2010年  8月16日 月曜日
2011年  8月06日 土曜日
2012年  8月24日 金曜日

伝統的七夕の日は梅雨明け後で晴天率は高く、月は夜半前には沈み、その後は天の川がくっきりと見える観察条件となります。この機会に月や星を見上げてもらうきっかけにしてほしい、そしてできればライトダウンを実施してむだな照明を消し、夜空をよく眺められるようにしてほしい、と願っています。

ページトップへ

本サイトについてお問い合わせ